創 話

□Calling You
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俺は携帯電話を持っていない。
小学生でも持っているこのご時勢、高校生ともなれば誰もが当たり前のよう持っているのに、と自分でも思う。
でも俺には学校以外でわざわざ連絡を取り合うような友人はいないし、どうせ鳴らない携帯を持っているのも無意味に思えて敢えて持たないようにしている。
だけど、本当は少しだけみんなが羨ましい。
1人でいる事が嫌いな訳じゃないけれど、もう少しクラスメイトと打ち解けて携帯でメールのやり取りなんて、ちょっと憧れたりもするのだ。
でもなかなかその一歩が踏み出せない。
そんなある日、俺は下校途中に家電量販店に寄り携帯電話のカタログを貰って帰った。
最近の携帯はこんな機能があるのか、などと関心しながら説明を読み、もしも自分が携帯を持つなら・・・と理想の携帯を想像した。
色は白で、触った感じはツルツルがいい。
液晶画面に時計を表示させて、着信ランプは緑に光るように。
着信音には今人気のあのアイドルグループの歌を設定しよう、あの曲を聞くと元気になれる。
俺は頭の中で、想像の携帯電話を出来るだけリアルに思い描いた。
授業中も食事中も俺だけの理想の携帯電話を想像しているうちに、いつしか頭の中に常にその携帯があるのを感じるようになった。
初めはぼんやりとしたイメージだったものが、やがてはっきりと濃い輪郭で存在するようになっていき、そしてそれが存在しない物だとは思えない程リアルに脳細胞に刻み込まれていた。
ある日の下校途中、バスの中で誰かの携帯が鳴り出した。
聞き覚えのある音。元気をくれるあの曲。
他の乗客の誰かが偶然にも俺の想像携帯と同じ着信音にしているのだろうか。
ヒット曲だからそんな事もあるかもしれない。
そう思ってさり気なく辺りを見回しても、携帯を操作する素振りの人はいなかった。
それどころか鳴り続ける着信音に誰一人気付く様子もない。
それ程小さい音でもないから誰も気付かないと言うのもおかしい。
不思議に思うと同時に、俺の中では一抹の不安が込み上げていた。
膝の上に置いた鞄を、ギュッと握り締めると、鞄に付けている、犬を模した赤いロボットのキーホルダーがカタカタと音を立てた。
頭の中で恐る恐るあの想像の携帯を思い浮かべる。


白い携帯が緑色の着信ランプを点滅させて、俺の頭の中に着信音を鳴らしていた。


恐怖に近いものを感じて、胸の奥がザワザワと粟立つ。
有り得ない。何かの間違いだ。
頭の中で思い描いただけの想像の携帯が、俺の手を離れて勝手に歩き出したと言うのだろうか。
場違いな程ポップに鳴り続ける着信音。
半信半疑でゆっくりと通話ボタンを押し、一瞬躊躇してから電話の向こうに頭の中で問いかけた。

「・・・もしもし・・・?」
『あっ!えっと・・・』

若い男の声だった。
頭の中の携帯の、その向こうから聞こえてくる。

『本当に繋がった』

彼は感嘆するように呟いたが俺はそれどころではなかった。
あまりの出来事に気が動転し、思わず受話器のマークのボタンを押して通話を切った。

今の、何だったんだ?

誰かの悪戯かと思い周囲を見ても、それらしい乗客はいない。
そもそもあの携帯は実在していないのだから自分の頭の中だけでの出来事、と言う事になる筈だ。
俺の頭はどうにかなってしまったのに違いない、そう考えながら目的のバス停でバスを降り自宅まで歩く。
少し歩くとまたあの着信音が鳴った。

また鳴った!?

俺が自分で意図的にそうしている訳ではない。
勝手に何かの電波を受信して着信を知らせている。
着信音は鳴り止まない。
不気味にさえ思えるポップなメロディー。
鳴り止まない着信音に一つ深呼吸をして、俺はまた頭の中で通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『あっ、待って、切らないで!突然の事で驚いてると思うけど、これ悪戯電話じゃないから!』

少し慌てた、さっきと同じ声が聞こえてきた。悪戯電話と言う言葉が不覚にもちょっと面白いと思った。

「あの・・・、何と言ったらいいのか分からないんですけど、俺、今、頭の中にある携帯に話してるんですが・・・」

こんな説明で伝わるだろうか。

『俺も!今、頭の中にイメージした携帯で話してる』
「なんでこの番号が分かったんですか?誰かに教えた覚えは無いんですけど・・・」
『適当に数字を押してみたんだ。何回かやってみたけどどこにも繋がらなくて、これで最後にしようと思って押したら、繋がった』
「はぁ、そうですか。あの、さっきはつい切ってしまってごめんなさい」
『あぁ、気にしないで。そりゃこんなの驚くよね。俺もビックリしてる』

彼は名前を相葉雅紀と名乗り、リダイヤル機能を使って掛け直したんだと言った。
彼も俺と同じように毎日頭の中で自分だけの携帯電話を思い描いていて、段々と増していく存在感とリアリティーにもしかして繋がったりするんだろうか、と言う好奇心から適当に番号を押してみたんだと説明した。
信じられない。自分以外にも携帯電話を想像して楽しむ妙な人間がいたなんて。

「あの、すみません。まだちょっと頭の中整理出来なくて。落ち着いて考えたいから一旦電話切っていいですか?」
『その前に、名前、聞いてもいいかな?』

そう言えばまだ名乗っていなかった。

「あぁ、二宮和也と言います」
『二宮くん?分かった。じゃあ、また』

歩きながら通話を終えると、丁度自宅に辿り着いた。
とりあえず自分の部屋に荷物を置き部屋着に着替えてから、キッチンに降りて麦茶を飲んだ。
両親はまだ仕事から帰って来ない。
ソファーに座ってさっきの会話について考える。
電話の相手は相葉雅紀と名乗っていたが、実在しない人物ではないだろうか。
携帯と同様に、俺が勝手に作り上げた虚構の人物。
きっと俺は自分が思っている以上に病んでいて、無意識に別の人格を作り上げてしまったに違いない。
これは相当キテる。
早目に病院へ行った方がいいかもしれない。
誰かの頭と繋がってしまったと考えるより、そう考える方が遥かに現実的だろう。
自分は病んでいるのだ。
1人でも平気だと思っていたけれど、やはり心の何処かで他人の存在に飢えていたのかもしれない。
そして今、俺は頭の中に作った携帯電話と相葉雅紀と言う人格を使って自分だけの世界に閉じ籠ろうとしている。
頭の中に思い描いただけの、想像の携帯電話。
それが今、分からなくなってきた。
その正体を確かめてみよう、そう思い今度はこちらから掛けてみる事にした。
しかし、非通知設定になっているのか、相葉雅紀の電話番号が分からない。
彼と話すには、向こうからかかって来るのを待つしかなかった。





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