創 話

□Doubt&Trust
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学校を出てホームセンターに向かった俺達は、洗剤や生活雑貨、木材や金具や工具等が並ぶ背丈よりも高い棚の間を歩きながら、紐状のものを物色した。
AVケーブルや物干しロープ、凧糸、釣り糸と、二宮はそれらを次々に手に取っては眉間に皺を寄せながら真剣に吟味している。

「すぐに切れそうな物はダメ。電気コードなら丈夫そうだけど俺の美意識に反する」
「ビニール紐は?」
「それを使って首を吊ったとして、まぁ体重に耐え切れずに伸びるだろうね」

偶々目に入ったビニール紐を軽い気持ちで提案したら却下された。
その向こう、1番下の段に荒縄の塊を見つけてあれならどうかと指し示すと、二宮は言った。

「あぁ、あんな感じの縄ね、昔住んでた家にたくさんあったな。田舎でね、農作業に使ってたらしくて」

彼は小学四年生の頃まで千葉に住んでいたらしい。 今の家から車で2時間程離れた山の方だったと言う。

「母さんの実家でね。じいちゃんとばあちゃんが畑やってて、父さんがそこから車で1時間半かけて都内まで仕事に来てた」

しかしマイホーム購入の目処が立った事や、利便性を考えて今の都内の家に引っ越したのだと言う。

「ところで二宮は、」
「ニノでいいよ」
「あぁ、じゃあ・・・ニノは自殺するなら首吊なの?俺はてっきり・・・手首切るんだと思ってた」
「コレのこと?」

そう言ってニノが差し出した手首には、刃物で切ったと思われる古傷跡がある。
今までその傷に気付いてはいたが、その理由を聞いた事は無かった。

「これは別に自殺しようとしたわけじゃなくて。なんて言うか、発作的にね」

ニノは普段ほとんど表情を変える事が無い。しかし彼の中にも抑え切れない程の激しい感情は確かに存在しているのだろう。そしてそれは外では無く、自分自身へと向かったのだ。

「あれ、お兄ちゃん?」

ふと聞き覚えのある声に呼ばれて振り返ると、そこには妹が立っていた。
妹は母に頼まれて買い物に来た事を簡潔に説明すると、 ニノに軽く会釈をして去っていった。

「妹?」
「そう、4つ年下。その下に弟もいるよ」
「そっか、翔ちゃんお兄ちゃんなんだ ・・・俺にもね、双子の兄がいたんだ。もう、ずっと前に死んだけど」

それも、初耳だった。

「名前は、雅紀」

雅紀は首を吊って死んだ 。
ニノは、静かにそう言った。
結局納得のいくものが見付からず、何も買わずに店を出た。
ホームセンターの大きな駐車場を横切り、バス停のある大通りへ出る。
ニノの足取りは突風が吹けば飛ばされてしまいそうな程弱々しく何処か儚げで、思わずニノへと伸ばした手はあと僅かの所で届かずに、気付かれないまま行き場を無くした。
道路脇のバス停。その脇に設置されているベンチに座ってバスを待つニノ。
俺は自転車を停めてバスが来るまでニノと一緒に待つ事にした。

「ニノの兄弟の話、聞いてもいい?」

ニノはチラリと俺を見て口籠もったように沈黙し、少し間を置いてから答えた。

「・・・いいよ・・・」

太陽が傾いて、辺りは夕暮れに染まり始めている。
風が、さっきよりも少し冷たくなった気がした。

「雅紀が死んだのは小学校二年の時。あの頃はまだ千葉に住んでて、周りは田んぼと畑しかないような田舎で、俺たちはいっつも一緒に遊んでた」

古い木造の家は後から増築したキッチン以外は全て畳の部屋で、 そこに和也と雅紀と両親、祖父母の六人で暮らしていた。
庭には木が生えていたが地面は剥き出しの土で、雨が降ると泥濘になり泥水が水溜りを作る。
家のすぐ隣には母屋へ寄り添うように小さな納屋があり、中には農作業で使う道具等が置かれていた。

「俺と雅紀はよく似てて、母親でもすぐには見分けが付かない事もあってね。もちろん仕草や表情に違いがあったから少し話をすればすぐに分かるんだけど、顔は本当にそっくりだった。雅紀は俺と違ってよく笑う子供で本当に楽しそうに心の底から屈託無く笑うけど、俺は昔からそういうの苦手で・・・」

ニノだって笑えばきっと人懐っこい表情を見せるのだろう。
遠くを見つめたまま話すニノの横顔を眺めながら、その笑顔を想像した。想像して、その笑顔を見たいと思った。

「その頃気に入ってた遊びは絵を描く事と、死体の真似をする事だった」

プールの水面でうつ伏せになって全身の力を抜き水死体のフリをしたり、絵の具を塗って流血したように見せかけたり、そうして人を驚かせるという悪趣味な遊びを繰り返していた。

「ある時首吊りごっこをした事もあって、あれは雅紀が死ぬ一ヶ月ぐらい前だったと思うけど・・・」

二人はそれぞれ納屋の地面に木箱を置き、縦に二つ積み上げた。
箱の上に立ち、梁からぶら下げた紐の輪に首を通す。

「いっせーのせ、で同時に飛んでみようって俺が言い出したんだけど、でもそんなの嘘。何故かその時、人が首を吊る瞬間を見てみたくなって・・・。只の興味本位で、本当に死ぬかもしれないとかそんな所まで考えてなくて」

いっせーのせ、二人でそう合図。
でも、何も起こらなかった。

「雅紀はその時俺が飛ばない事を見越してたんだ。どうして飛ばないんだって理不尽に罵ったら、困った顔して立ち竦んでた」

生まれた時から同じ環境で同じように育ったとは言え、その性格はまるで違っていた。
天真爛漫で明るく優しい雅紀と、内向的で気難しく素直になれない和也。
そんな雅紀を和也は羨ましく、同時に疎ましくも思っていた。
自分に無いものを持つ雅紀への憧れ
が、屈折していったのだ。
最初は一緒に面白がってやっていた死体ごっこも徐々にエスカレートしていき、雅紀が躊躇するようになるとそれが余計に和也を苛立たせて雅紀に冷たく当たるようになった。

「でも普段はすごく仲のいい兄弟だったよ。いつも一緒にいた」

太陽はもう殆ど姿を隠し、ガードレールの下に生えた雑草が風に揺れていた。
ニノは押し黙って、次に続く言葉を探しているようだった。

「雅紀が死んだのは、小学校二年の夏休み。朝は晴れてたけど、昼頃から雨が降り出して」

昼過ぎに、母親が買い物に出掛けた。
父は朝から仕事に行っており、祖父母もその日はそれぞれ出掛けていた。家の中には兄弟だけが残った。

「十二時半頃だったかな?雅紀が一人で納屋に行って、俺は母屋で本を読んでた。しばらくするとばあちゃんが帰ってきて、近所の人から貰った梨を剥いてくれるって言うから納屋に雅紀呼びに行ったんだ」

一人で納屋に向かい扉を開け、 そして和也はそれを目の当たりにした。

「雅紀は納屋で首を吊ってた」

辺りはだいぶ暗くなり、車のヘッドライトがニノの横顔を照らす。
その表情は逆光で見えない。

「驚いて、慌てて玄関に引き返して、ばあちゃんにその事を伝えた」

雅紀が死んでる、と祖母に伝えた。
首吊り自殺だった。しかし、事故でもあった。
雅紀の体を吊り下げている紐の他にもう一本、縄があったのだ。
農作業で使う荒縄が胸の周り、ちょうど脇の下に巻かれていた。
一方の端は雅紀の体に巻かれ、もう一方の端は尻尾のように下に垂れていた。
天井の梁にも同じ種類の縄がぶら下がっていて、元々それらの縄は繋がった一本の縄だったものが、途中で切れていたのだ。

「雅紀は、きっと死ぬつもりなんてなかった。胸に巻きつけた縄で天井の梁からぶら下がるつもりだったんだ。俺を驚かそうとしてたんだろう。 でも、ぶら下がった瞬間、運悪く体を支えるはずの縄が切れてしまった・・・」

雅紀の葬儀は、静かに執り行われたという。
それで彼の話は終わりだった。
疑問が一つだけ残ったが俺はそれを敢えて聞かず、何処か遠くを眺めているいるニノの横顔を見た。
程なくしてやって来たバスが俺達の目の前で停車する。
ニノは立ち上がり、お互いに別れの挨拶もしないままそれぞれの帰路についた。





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