創 話

□Doubt&Trust
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二宮というクラスメイトがいて、名前は和也。
口数は少なく一人でいる事の方が多くて、笑顔が似合いそうな顔立ちにもかかわらず、彼が屈託無く笑う姿はまだ見た事が無い。
誰かが話し掛ければそれなりに受け答えはするし、時折ほんの僅かだけ口元を綻ばせてぎこちなく笑う素振りを見せる事はあったが、それでも彼は常に他人との距離を保ち誰かと群れるよりも一人でいる方が良いと思っているようだった。
対照的に俺の周りには何故か、呼び寄せてるわけでも無いのに人が集まる。中身の無いくだらない会話を繰り広げるクラスメイト達を、面倒臭いと思いながら作り笑いで適当に遣り過ごす毎日。

「俺にもその作り笑いのコツ、教えてくれる?」

ある日の事だった。偶然二人きりになった放課後の教室で、誰にもバレていないと思っていた俺の本心を二宮は見抜いてそう言った。
正直驚いたが俺達はそれ以来会話を交わすようになった。
二宮と話すようになって少し分かった事が二つある。
一つは、誰かに話し掛けられても彼は「そう」とか「うん」ぐらいしか言わない。
初めは俺と同じで煩わしいのだと思っていたが、それは違うようだった。
相手が嫌いなわけでも無視したいわけでも無く、戸惑っている、そんな感じだった。
話し掛けられて、どう返事をしたらいいのか分からない。自分と他人との間にある接点を見付けられずに、それ以外の言葉が浮かばない。会話を広げられない。
もしかしたら極度の人見知りなだけなのかもしれない、そう思った。
そしてもう一つ。それは居心地の良さだった。
二宮と話す時、俺は自分を偽らずにいられたし一緒にいて落ち着ける相手だった。
それまで知らなかった二宮の事をもっと知りたいと思ったし、二宮は二宮で俺には少しずつ色々な話をしてくれるようになった。
俺の中の二宮の存在が、段々と大きくなっていくのを感じていた。
そんなある日の放課後、二宮が憔悴した顔をしていた。顔色も悪く、足取りもフラフラと覚束無い。

「最近、睡眠不足なんです」

自分の席に浅く腰掛けた二宮はそう言うと欠伸をした。
目の下の皮膚が、影を落としたように薄黒い。

「だから今日は朝からおかしかったの?」
「時々こうなるの。不眠症というやつかな」

二宮は椅子から立ち上がるとフラフラと黒板の前まで移動した。
教室の前の壁にコンセントがあり、そこに差し込まれた延長コードが黒板消しクリーナーに繋がっている。
二宮はコンセントからコードを抜き取り、そのコードを自分の首に巻きつけて少しの間その状態で動きを止めた。

「これもダメだ。しっくりこない」

溜め息混じりにそう言って、首からコードを外して元に戻す。

「不眠症になるとね、首に紐を巻き付けて寝るの。絞殺死体になった自分を想像して目を閉じるとね、水の底に沈んでいくみたいに眠れるんだ」
「そう言う対処法を知ってるなら、酷くなる前に実行すればいいだろ?」
「紐なら何でもいいわけじゃない」
「何それ、拘り?」
「前まで使ってた紐を失くしちゃって、新しいのを探してるんだけど中々しっくりくるのが見つからなくて・・・」

彼はまた欠伸をして、いつにも増して青白い不健康な顔で周囲を見渡した。

「でも自分がどんな紐を捜してるのか、自分でもよく分からないんだよね。色々試したけどどれもダメで」
「前はどんなの使ってたの?材質とか、形状とか覚えてるだろ?」
「家の物置で偶々見つけて、でもその時は不眠症もすぐ治ったし気付いたらなくなってたからほとんど覚えてない。・・・どこ行ったのかな?ちゃんと片付けておくべきだった」

そうしてしばらく紛失してしまった紐に想いを馳せていた二宮が、何か思いついたような顔をして言った。

「そうだ翔ちゃん、紐探すの手伝ってよ」

頭の中でこの後の予定を確認する。
今日は特に予定も無いし、俺は二宮に付き合う事にした。





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