創 話
□HEAT CAPACITY
1ページ/1ページ
収録の空き時間、気分転換に訪れたテレビ局の屋上で見慣れた背中を見つけた。
腕を外に出すようにして手摺りに凭れ掛かる智くんは、近付く気配に気付いたのか顔だけで振り返って俺を見ると、またすぐに視線を遠くの景色へと向けて、俺はその隣、手摺りに背を預けて空を見上げる。
「焼けるよ?」
「そっちこそ」
蒼穹はどこまでも蒼く、視界の隅に浮かぶ大きな積乱雲の白を一層際立たせていた。
「昔さ、一緒に映画観に行ったよな」
「行ったね。駅で待ち合わせして、あの時もこんな暑い日で」
智くんと映画を観に行く。
ただそれだけの事なのに、俺はドキドキして前の晩眠れなかった。
思えばあの時既に、俺の長い片想いは始まっていたんだろう。
そしてそれは、今でも続いている。
「夏と言えば、車で横浜に行って」
「あー、そうそう。翔くん免許取りたてで、駐車場の壁に車ぶつけたんだよな。あの時の翔くんの顔が超面白くて」
「笑うなよ」
智くんがクツクツと笑う。
だって、しょうがないじゃない。
左側確認しようとした時、助手席にいる智くんの横顔につい見惚れてハンドル操作を誤った。
智くんはそんな事、気付いていないだろうけど。
「一緒にいろんなとこ行って、いろんな事やって、終電無くなって翔くん家泊めてもらったりとか。仕事以外でも数えきれないぐらい。翔くんとのそういうの、全部楽しかった」
確かに二人での思い出は仕事以外でもたくさんある。
それらは俺にとっても楽しい思い出で、智くんがそんな風に言ってくれるのはすごく嬉しかった。
だけど、智くんと何処かへ出掛ける度、智くんと何かをする度に、まるで恋人同士みたいな錯覚に陥って、だけどいつも想いを伝える事は出来なくて。
楽しい思い出は、だから、俺にとっては少し苦しい思い出でもある。
「智くん、どうかしたの?なんでまた急にそんな話」
風に流れた厚い雲が太陽を遮り辺りを少しだけ暗くさせて、俯いた智くんの顔もほんの僅か曇った気がした。
何故か、胸が騒つく。
「智くん?」
「翔くん。翔くん前に何かで言ってただろ」
智くんの視線は変わらず遥か遠くに向けられている。
「どう見ても付き合ってるだろって状態までジワジワもってくって」
「あー、そんな事言ってたね」
それは雑誌の取材で聞かれた、好きな人に告白する時の方法。
正確には「告白の前段階」だけれど。
「だから俺、ずっと待ってんだけど」
「え、」
それって、つまり・・・。
雲が途切れ、また強い陽光が照りつける。
急な眩しさに眩んだ目を開けると、智くんが俺を見ていた。
「待ってんだよ、俺。翔くんの事」
何も考えられなくなって、煩いぐらいに心音が響く。
呼吸するのを忘れて、胸が苦しくなって。
顔が熱いのは容赦の無い陽射しの所為か、それとも。
「さと、しくん・・・お、俺」
口が渇いて上手く話せない。
夏特有の湿った空気を吸い込むと鼻の奥がツンとして、今までずっと考え続けてきた言葉達は雲散霧消していった。
俺の中に残ったのは、ただ一言だけ。
「・・・俺、ずっと・・・、ずっとあなたの事が・・・」
その時、離れた場所から俺を呼ぶ声がした。
「翔ちゃーん!!そろそろ時間、あっリーダーもいたの?先行ってるよー」
「おぅ、今行く」
智くんが代わりに応えて、もう一度俺に向き直る。
「続き、ゆっくり聞かせてな」
そう言ってドアへと向けて歩き出した。
灼けるような暑さの中、それまで一人で抱えていた感情が一気に俺のキャパを越えて、俺は暫くその場から動けずにいた。