創 話

□選んだ罪の白さ 君の手の冷たさ
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車を運転する翔くんの隣、俺は助手席で窓の外を眺めている。
空には綺麗な満月が出ていて、その月明かりと夜中でも消える事のない街灯が寝静まった街を闇から浮かび上がらせていた。

「智くん、寒くない?」

海で濡れた俺を気にして翔くんがエアコンを弱めて、代わりに運転席側の窓を少し開けた。
それでも入ってくるのは纏わりつくような湿った生温い風で、暫くすると運転している翔くんの腕や首筋に汗が滲み始める。
俺は別に寒くないから普通にエアコンかけてくれて良かったけど、こんな時でも俺を気遣ってくれる翔くんがなんだか可笑しくて、ちょっと可愛いくて、やっぱり好きだと思った。

「あ、あの店覚えてる?昔行ったよね。もう6年前だっけ?5年?」

ちげーよ、7年前だよ。
注文した料理がなかなか出て来なくて翔くん機嫌悪くなってさ。

「でもさ、うまかったよね。あそこのカレー」

そうそう、食べ始めたら今度はウマイウマイってすごい頬張って食うから、翔くんって本当食ってる時子供みたいだって大笑いしたんだよな。

「また来ようねって、結局来られなかったね」

翔くんが少し残念そうに言う。
あれから俺たちを取り巻く環境は大きく変わった。
あの頃とは比較にならない程仕事が増え、求められるものも多くなった。
それは有難い事だし幸せな事でもある。
だけど同時に、変わっていく周囲と変わらない自分とのギャップがどんどん大きくなって、それが怖くて堪らなかった。

「そう言えばほら、夜中に電話してきた時あったじゃない」

翔くんは次から次へと昔の記憶を辿っていく。
その言葉が描く思い出はどれもキラキラと輝いていて。

「あの時智くんベロベロに酔っ払っててさ、」

楽しそうに話す翔くんの横顔や時々俺に向けてくれる視線は俺までつられて嬉しくなるくらい幸せそうなのに、ハンドルを握る手はずっと小刻みに震えていた。


俺たちは、疲れてしまったんだと思う。
忙しい毎日に。求められる、自分ではない自分に。お互いを思う気持ちに。
そして、擦り減ってしまった。

「2人だけで、どこか遠い所に行けたらいいのにな。誰にも邪魔されない所に」

そうポツリと溢した言葉に応えてくれた翔くんも、もうとっくに壊れてしまっていたんだろう。
翔くんはゆっくりと俺を見て、穏やかに言った。

「方法はね、無い事もないんだよ」

一度目を伏せて、また俺を見て。

「勿論智くんが同意してくれればっていう条件付きだけど」

俺はあの時何と答えたんだろう?
はっきりとは思い出せないけど、俺は翔くんの提案を受け入れた。
そうする事が当たり前のような気がしたし、俺も多分どこかでそれを望んでいた。
だから迷いや躊躇いは無かった。
後悔もしていない。


翔くんの思い出話はまだ続いていて、俺はただ、静かにそれを聴いている。
車は減速して見慣れた角を曲がると、見慣れた建物へと入った。

「着いたよ」

言われなくても分かってる。
ここは翔くんの住むマンションの駐車場。
先に車を降り助手席側に回ってドアを開けると、シートベルトを外して自分の服が汚れるのも厭わずに翔くんは俺を車から降ろしてくれた。
水に濡れてぐったりしている俺を、翔くんは抱き抱えて部屋へと向かう。
いくらなんでも重たいだろうに、そう思いながらも俺は自分で歩く事が出来ずに、そのまま翔くんに身を任せた。

部屋に着くと翔くんはまず俺をベッドに寝かせ、他の部屋に行って水と錠剤を取って戻って来た。
翔くんの手が俺の頬を優しく撫でる。


翔くん、最期に我が儘聞いてくれてありがとな。
俺はやっぱり海が良かったんだ。
翔くんももう疲れただろ。
静かな所で、ゆっくり休もう。


俺の声が聞こえたのか、翔くんは小さくうん、と頷くいて持って来た白い錠剤を飲み込んだ。

「智くん、俺も今から行くからね」

俺の冷たくなった手を握って、寄り添うように横になる。

俺はみんなの事を思った。
相葉ちゃんは大泣きするだろうし、松潤は止められなかった自分を責めるかもしれない。
ニノは、あいつ一番引き摺りそうでちょっと心配なんだよな。
みんな、迷惑かけてごめん。


そんな事を考えているうちに、温かかった翔くんの手も俺と同じように冷たくなっていた。





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