創 話

□ワンダフルライフ
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「おはよう、調子はどう?」

翌朝廊下で擦れ違った松本は、眠そうな顔をしていた。

「死んでも寝不足ってなるんだね」
「意外だろ」
「腹も減るし」
「今から食堂行くけど、良かったら一緒にどう?」

嬉しそうに笑った顔が歳の割に幼く見えて、昨日初めて会ったのにどこか懐かしい気がした。
食堂には食欲をそそる匂いが漂っていて、朝食を摂る人達で賑わっている。
朝日の射す窓際のテーブルにつくと、向かいに座った松本がパンを頬張った。

「なんか久しぶりだな、こんなまともな食事」

松本の死因は病死だった。資料にはあまり聞いた事の無い長い病名が書いてあったから、亡くなる前は長く入院していたのかもしれない。
本当に美味しそうに食べる姿が微笑ましかった。

「昨日あれからずっと考えてみたんだけど、ずっと考えてたら眠れなくなっちゃって。他の人達はどんな思い出選んでるの?」

俺は口の中で咀嚼中だったサラダを飲み込んで、それから答えた。

「まぁ、人それぞれだけど大抵みんな良い思い出だな。例えば・・・」

例えば恋人との美しい思い出、家族と過ごした温かい思い出、仲間との楽しかった思い出。
或いは、仕事で結果を出し評価された時の事、何かを成し得た時の事、宝くじが当たって大金を手にした思い出を選んだ人もいた。

「ちなみにここでの事は思い出としてカウントされないから」
「え、そうなの?あぁ、まぁそうか。もう死んでるんだもんね」
「それと、お前がここからいなくなっても選んだ思い出のフィルムは残る」
「どういう事?」
「選んだ思い出を上映室で観たらお前はそのままここからいなくなるけど、その時に上映したフィルムだけはお前が生きた証としてここに残されるんだ」

その為の広大な保管庫があり、そこには今までに亡くなった人達の膨大な量の思い出フィルムが保管されている。

「だから何を選ぼうと勝手だけど、みんなやっぱり良い思い出を選ぶ」
「そんな事言われたら益々難しいじゃん」

そう言って気怠そうに頬杖をついた松本は、そのままグラスを自分の方に引き寄せてアイスコーヒを飲んだ。

「ねぇ、そんなの本当にみんな一週間で選べるの?」
「一週間あれば大体みんな決める。他の奴が担当した人で、最初の説明だけで即決した人もいたらしいけど」
「え、その場で?」

驚く松本に、俺は軽く笑い掛けて続ける。

「そう、なんか格好良いよな。自分の一番大切な思い出、迷わずに言えるって」
「ふぅん。じゃあさ、逆に・・・」

松本は頬杖をやめて、

「もしも一週間で決められなかったら?」

そう聞いた。
食堂にはいつの間にか俺と松本だけになっていて、ほんの僅かな時間室内を包んだ静寂の中に言葉を落とす。
自分の声がやけにクリアに聞こえた。

「中にはそういう人もいる。期限を過ぎたって罰則がある訳じゃないし、どうしてもって場合は延長も認められるけど・・・、まずは選ぶ努力をしろ、相談には乗るから」

分かった、と松本が頷く。
俺は話を切り上げてトレーを片付け、壁の時計を確認するといつもより少し早い時間ではあったが、俺はそのまま仕事へと向かうべく食堂を出た。
一人きりになった廊下で小さく吐いた溜め息は、誰にも見られる事無く、吹き込んで来た風に溶けて消えた。






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