創 話
□モラトリアム狂奏曲
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「翔くんイライラしてた」
「してねぇよ」
「してた」
そう言い切ると、翔くんは眉間に皺を寄せ面倒臭そうに俺を見てから、諦めたように小さく息を吐いた。
「大した事じゃない。もう気にしてないし」
「だろうね」
収録中、カメラが回ってるのに翔くんはあからさまに不機嫌な顔をした。原因は共演の女の子の失言。
でもそれもほんの一瞬で、本人の言う通り翔くんはすぐに気持ちを切り替えて、残りの収録を当たり障りなく終えていた。ちなみに当の本人はその事に全く気付いていない。いい気なものだ。
すぐに切り替えられるような事なのについ顔に出てしまったのは、きっと翔くんもまだ感情を上手くコントロール出来る程大人じゃないから。
そんな大人と子供の中間に、俺たちはいる。
「今はもうイライラはしてないけど、腹減ってるでしょ」
俺が更に指摘すると、翔くんはハハッと高く笑った。
「減ってる減ってる」
「ラーメン食いたいなー、とか考えてた?」
「お前、何でそんな事まで分かるんだよ」
「翔くんはすぐ顔に出るからね。他の人には分かんなくても、俺には分かる。俺は翔くんの事が大好きだから」
いつも翔くんを見てるから、小さなヒントだって見落とさない。
「じゃあ、今は何考えてると思う?」
当てたらラーメン奢ってやるよと言われて、表情を読み取ろうと身長差の殆ど無くなった翔くんの顔をまじまじと見詰めた。
翔くんの瞳が俺を映している。
「どうせまた俺の事子供だとか思ってるんてしょ」
大好き、などと恥ずかしげも無く言ってしまう俺を、翔くんはいつも子供だと言って揶揄う。
「違うよ」
「嘘だー」
「本当に違うって」
「じゃあ何だったの?」
翔くんは俺に一歩近付いて、低く大人びた声で言った。
「キスしたい」
「え・・・?」
俺の理解が追い付くよりも早く翔くんの唇が押し付けられる。
少しカサついた唇が微かに震えているのは、きっと翔くんが緊張しているから。
重ねられた唇を伝わって翔くんの鼓動が聞こえる気がして、共鳴するように俺の心拍も跳ね上がる。
ドクドクと煩いくらいに鼓動が鳴り響いて、唇が離れてもそれは暫く止まなかった。
それが、翔くんとの初めてのキスだった。