創 話
□fade in the rain
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天気予報を見事に裏切って、予定外の雨が降りだした。
他のメンバーの到着も遅れると連絡が入りロケの開始も押して急遽出来た待ち時間。
智くんの姿を探すと少し離れた場所に一人で佇んでいる。
それ程激しい雨ではないけれど彼の頭上の小さな屋根では雨を避けるには不十分で、スタッフが偶々持っていた傘を借りて智くんの隣へと向かった。
「濡れるよ」
身を寄せるように並んでも大人の男二人が入るにはビニール傘は小さくて、どうしても肩が少し濡れてしまう。
智くんが濡れてしまわないように、右手に持った傘を彼の方へと傾けた。
「さっきまであんな天気良かったのに」
「すぐ止むよ」
「翔くん雨男だからな」
雨音に紛れて智くんがクスクスと笑う。
控え目な笑い声が消えた後、雨粒がビニールに当たる音が少し大きくなった。
「あの、智くん・・・昨日の事だけど・・・」
昨日の夜、俺は智くんにキスをした。
共通の知り合いと飲んだ帰り、別れ際にどうしてそんな事をしてしまったのか、正直自分でも分からない。
「酔ってたんだろ?俺は別に、気にしてないから」
飲んでいたのだから、全く酔っていなかったと言えば嘘になる。
だけど自分を見失う程酔っていた訳では決してなくて、それは智くんも分かっている筈で。
「酔って・・・たのかな?」
「酔ってたんだよ」
どちらかと言えば、酒の力を借りた、と言う方が合っていたように思う。
それでも、遠くの空を眺めたままで「翔くんは酔ってたんだ」と静かに言い切る智くんの雰囲気に、何故かそれ以上は何も言えなかった。
雨粒が小さくなり、雨音が弱くなって、辺りが少し明るくなる。
雨雲が上空を流れて、通り雨が通り過ぎようとしていた。
「でもね、智くん」
酔っていた所為だと言うのなら、それでも構わない。
でも、あの時抱いていた感情は・・・。
「俺本当はずっと前から」
「翔くん」
掌を空へと向けるように腕を伸ばして、智くんが空を仰ぎながら言う。
「雨、上がったみたい」
見上げると雲の切れ間から射した陽が街を照らして、ビニール傘を叩く音も止んでいる。
「傘ありがとう」
智くんが傘の中から出て行く。
「智くん、」
「ダメだよ翔くん」
智くんが足を止めて、振り返らずに俺の言葉を遮った。
でもまたすぐに歩き出して、足早に遠ざかっていく。
―それ以上言わないで―
俯いて呟く消え入りそうな声が、彼の背中越し、風に乗って微かに聞こえた気がした。
「・・・え?」
俺が聞き返そうとした、その時。
俺と智くんを呼ぶスタッフと、到着した三人の明るい声が響いた。
智くんは何も無かったようにみんなの元に合流して、いつものようにふざけ合って笑っている。
陽光を受けた雨粒がキラキラと煌めく中、俺の手元には濡れた傘だけが残っていた。