創 話

□BLUE SKY BLUE
1ページ/1ページ



「俺、告白された」

俺の言葉に、翔くんは少し驚いたように一度俺を見て、ふうん、と、それだけを言うと視線を窓の外へと転じた。
横目でチラリと見た翔くんは音を立ててジュースを飲み干して、紙コップをトレーに置く。

「誰から?」

頬杖をついて、然したる興味も無さそうに聞く翔くんは窓の外を眺めたまま。

「学校の、同級生。それで、実はずっと俺の事好きだったんだって」

テスト期間中で、平日の昼間なのに学生の多い店内。
騒がしい学生達とは対照的に、口数の少ない翔くんと探るように話す俺。
翔くんと俺だけが周りの喧騒から浮いているような気がした。

「付き合うの?」

携帯を操作しながら端的に話す話す翔くんは、表情からも声音からも感情が読めない。
翔くんは、どう思っているのだろうか。

「返事はちょっと、保留にしてもらった。全然、そんな風に考えた事も無かったし」

嘘だった。
本当はその場で断っていた。
今は他に好きな人がいるから、と。
その好きな人の前で、臆病な俺は探るような事しか言えないでいる。
翔くんの事が好きなんだと、もし俺がそう言ったら、翔くんは・・・。

「帰るぞ」

急に立ち上がって鞄を肩に掛けると、少し乱暴にトレーを片付けて翔くんが歩き出した。
置いていかれないように俺も後を追う。
ファストフード店を出て足早に駅に向かう間、翔んくんは何も話さない。
ただ黙々と無言のまま改札を抜けて、乗るべき電車とは逆方向のホームに向かった。

「ねぇ、そっちは、」
「いいから来い」

引き止めようとした俺の手首は、翔くんに掴まれた。
平日の昼下がり。比較的空いているとは言えそれなりに人の多い都心の駅構内を翔くんが俺の手を引いたまま進む。
行き交う人達の間を縫い、階段を二段飛ばしで上がってホームに出ると、停まっていた電車にそのまま乗った。
乗る直前に視界に入った行先表示は、普段なら行かないような遠い町を示している。
翔くんは分かっていて乗ったのだろうか。
ベルが鳴って、扉が閉まる。

「ねぇ、何処行くの?」

翔くんは答えずに、深く息を吐いた。
手首はまだ、掴まれたまま。

「翔くん・・・」
「あ、悪い、」

翔くんの手が俺の手首から離れる。
握られていた部分が、空気に触れて少しひんやりした。
何か怒らせるような事を言っただろうかと心配したが、どうやらそうでは無いらしい。

「何処に行くの?」
「・・・・・・」
「翔くん?」
「ごめん、ちょっと付き合って」

それだけ言うと、翔くんはまた黙ってしまった。
走り出した電車は、見慣れた景色を見慣れない景色へと変えていく。
景色が変わるにつれて乗客も段々と減って、車内には俺と翔くんを入れても数人だけになっていた。
なんとなく話し掛けづらくて何も聞かずにただ電車に揺られて。
向かいの窓ガラスには外のよく晴れた青い空と、どこか晴れない表情で俯く翔くんのシルエットが映っていた。
俺はそんな彼を眺めて、何を考えているのか分からない翔くんと碌に会話の無いまま、電車は終着駅に着く。

「翔くん、降りないと」

乗ってきた電車は回送となり、このまま車庫に入るらしい。
考え事をしていたらしい翔くんは俺の言葉に漸く顔を上げて席を立つと、電車を降りた。
まばらな乗客達は改札へと向かっていく。
でも翔くんはその場を動こうとはしない。

「翔くん?」

自分達が乗ってきた電車がゆっくりと動き出して、駅を出て行った。
人の少ない静かで長閑な駅は、波の音が微かに聞こえた。

「翔くんどうするの?帰るなら、」
「あのさ、」

その時、駅の近くの踏み切りで甲高い警報音が鳴り出した。
翔くんの肩越し、黄色と黒の遮断機が下りていく。

「実は俺・・・」

向こうから電車が来ていた。
特急列車は、この駅では停まらない。

「俺・・・」

踏み切りの警報音、近付いてくる走行音、注意を促す警笛。
何かを決意したような翔くんの目と、騒つく胸。

「お前の事がー」

その言葉の続きを翔くんが口にした時、俺と翔くんのすぐ横を特急列車が駆け抜けた。
巻き起こる風と轟音が翔くんの声を遮る。
ほんの1メートル先にいる翔くんの声が、掻き消されて聞こえない。
電車はすぐに過ぎ去って、風と音が収まる。
翔くんの肩越し、黄色と黒の遮断機が上がっていく。
特急列車は既に遥か後方、どんどん音が遠ざかっていく。
再び静けさを取り戻したホームに、また波の音が微かに聞こえた。

「翔くん」

掻き消されて聞こえなかった声は、それでも確かに俺に届いていた。
キュッと痛んだ胸に息を吸って、吐いて、もう一度吸って。
それから俺は、今まで言えずにいた言葉を漸く口にした。






[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ