創 話

□DREAM DRUNKER
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智くんは早々に寝てしまって、ニノのゲームの音もしなくなって、騒がしかった相葉くんも大人しくなって。
一番後ろのシート、俺の右隣では松本も背凭れに深く寄り掛かって寝息を立てている。
今この移動車の中で起きているのは運転してくれているスタッフと恐らく俺だけだろう。
眠っている松本の、投げ出された左手が目に入る。
出来る事なら好きな人と手を繋いで街を歩いたりしてみたい、そんな事を松本が言っていたのはテレビだったか雑誌だったか。
勿論どこまで本気で言っていたのかは分からない。
メディア向けのリップサービスなんてよくある事だし、場の空気を壊さない為に本心では無いコメントをする事だって少なからず有る。
でも、もしも松本が本当にそうしてみたいと望んでいるのだとしたら。
手を繋いで街を歩く。女の子相手でも今の立場ではそれが容易ではない事ぐらい松本も理解している。
況してや男同士。仲の良いグループと言えどもやはりリスクは高過ぎるし、第一、俺自身が人前で手を繋ぐなんて恥ずかしくて到底出来ない。
だけど、時々女の子みたいな思考と感性を持ち合わせる松本がそんな俺に気を遣っているのだとしたら。
そう考えると、ほんの僅か胸が痛んだ。
手を繋いで街を歩くなんて、俺にはやっぱり恥ずかし過ぎて無理だけど、そんな些細な望みぐらい叶えてやりたい気持ちも有るには有って。
投げ出された松本の左手に、意識が集中する。
控えめに流れるラジオと走行音だけが聞こえる車内は相変わらず静かで、周りの様子を窺いながら俺はゆっくりと右手を伸ばしていく。
少しずつ距離が縮まり指先が届きそうになったその時、不意に誰かの携帯が鳴って思わず右手を引いた。
着信音はすぐに止んだ。どうやらメールの着信だったらしい。
車内の様子を再び目だけで窺う。まだ誰も、起きる気配は無い。
バックミラーからも死角になっている事を確認して、またそっと松本の左手に手を伸ばす。
じわりじわりと距離を詰めて、指先が触れて。
たったそれだけなのに鼓動が煩くて、一旦窓の外を眺めると音を立てないように静かに深呼吸をした。
緊張で薄く汗ばむ右手が、松本の手を握ろうとして躊躇う。
松本の左手に自分の右手を重ねるようにして、けれどやっぱりあとほんの少しの距離が縮まらない。
何度か葛藤を繰り返すうちに、気付けば目的地まであと少し。
逡巡して、松本の小指に小指だけを絡めた。
横目で窺い見た松本は、眠っている筈なのに小さく笑った気がした。






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