創 話

□DREAM DRUNKER -inch up-
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耳に届く程好い雑音と心地良い揺れ。
見ていた夢の余韻に控えめなラジオの音と車の走行音が混ざる、夢と現の間。
まだぼんやりとする頭の中を整理して、次の仕事が待つ現実を受け入れ始めたその時だった。
投げ出していた左手に微かに感じる気配。
隣に乗っているのは、翔さんのはず。
俯いたまま薄く目を開けてそっと左手を見ると伸ばされた彼の右手が、俺の手に触れるか触れないかの距離で不審な挙動を繰り返していた。
決意したように指を伸ばしては、怖気づいたように握られる右手。
小さく視線を動かして窺い見た翔さんは右手を俺の左手へと伸ばしたまま窓の外を眺め、ゆっくりと深く息を吐き、さり気無く周囲の様子を気にしているように見えた。
気付かれないうちにそっと目を閉じて、翔さんの行動の意味について考える。
何か用事があるのなら起こせばいいし、寝ている俺を起こすまでも無いのなら車を降りてからでもいいはずだ。
俺が寝ている間に、周りに気付かれないように。
もしかして、手を握ろうとしている?
人前で手なんか絶対握らないと豪語している翔さんが、移動中とは言え決してプライベートな空間ではないこの状況で。
しかしそれ以外にこの翔さんの不可解な行動を説明できる理由が、今の俺には見つけられなかった。
俺の左手のすぐ上で、まだ躊躇って揺れている彼の右手。
走行する車の横揺れに乗じて、翔さんとは反対側の窓の外を確認する。
目的地まで、あと少し。
このまま未遂に終わるのだろう、と思ったその時だった。
小指に絡められた指。
期待していたよりも小さな範囲で感じる温もりから、不器用な彼の精一杯が伝わってくる。
翔さんは俺がまだ眠っていると思っているはず。
もしも俺がこの指を強く絡め返したら、どんな反応をするだろうか。
笑ってしまいそうになるのを抑えながら、俺は密かにそのタイミングを計っていた。






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