創 話

□REAL AT NIGHT
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明日の仕事は早目に終わる予定だから終わったら行くと連絡があったのは昨日の夜。
夕方になって、終わったから今から行くと電話があって、インターホンが鳴ったのは2時間前。
俺の作った料理を食べて、お酒も飲んで、他愛の無い話をして。
料理をするのは好きだし翔さんに作ってもらいたいとも思わない。
でも、今日は少しだけ腑に落ちない。

「引越しは済んだ?」
「ほとんど業者に任せたからだいたいは片付いてるけど、まだリビングに段ボールが積んである」
「どんな所なの?」
「うん、まぁ、普通だよ」

翔さんは曖昧に言葉を濁して少し沈黙した後、半ば強引に話題を変えた。
彼は最近新しいマンションに引っ越して、本当は今日、部屋に呼んで貰えるんじゃないかって勝手に少し期待してもいた。
だけど、そんな気配はまるで無い。
いつも通りふらりとやって来て、いつもと変わらないやり取りをして、この調子だと今日は泊まらずに自分の家に帰って行くんだろう。
それが嫌な訳じゃない。
むしろ忙しい中でも時間を見つけて会ってくれる事が嬉しくはある。
だけど、今日は・・・。
そんな事を考えて洗い物をしながらキッチンのカウンター越しに見た彼は、項垂れるようにソファーに深く身体を預けてぼんやりと空中を眺めていた。
そう言えば口数もさっきより減っている気がする。
最近忙しかったから疲れているのかもしれない。
そう思ったら、誕生日だからと何か期待するのも悪い気がしてきた。
別に、誕生日だからと言って何処かに出掛けたい訳でも、高価なプレゼントが欲しい訳でも無い。
この日に二人でいられるだけでも充分ではないか。

「翔さん、何か飲む?」
「ん?あぁ、じゃあ、水もらえる?」
「はいはい」

ミネラルウォーターを取ろうと冷蔵庫を開けて、目に付いた小さな箱に小さく苦笑した。
箱の中身は、今日翔さんが来てくれると聞いて思わず自分で買って来てしまったケーキ。
自分で用意するなんて冷静に考えたら恥ずかし過ぎるし、彼が俺の誕生日を忘れているのなら、出さない方がいい。
グラスを手渡して、少し間を空けて隣に座る。
微妙な距離を置いたままどこか妙に落ち着かない会話をして、日付が変わる少し前、翔さんが力無く言った。

「ごめん、俺、今日はもう帰るわ」

酷く憔悴した様子の翔さんを引き留める訳にもいかずに、玄関まで見送る。

「疲れてるなら今日はゆっくり休んで、って言うか本当に大丈夫?」

ドアノブを握ったまま微動だにしない背中に呼び掛けると、背を向けたまま深呼吸した翔さんが振り返った。

「翔さん?」
「あのさ、潤・・・」
「何?」

ポケットを探りここでもまた深呼吸をして、何かを決意したように一つ頷いてから俺の手に何かを握らせた。
開いた掌の中には、鍵。

「え、これって、鍵?」
「あ、新しい家の鍵、あの、お前さえ良ければ、使ってくれないか。ゆくゆくは一緒に暮らせたらって思うけど、とりあえずは来たいと思った時に来てもらえればいいかなって。勿論お前の都合もあるだろうし引っ越すタイミングはお前次第でいいから、と、とりあえず受け取って」

噛みながらも一息で言った後大きく息を吐いて、撫で肩を更に落として。

「ゴメン。誕生日なのに、こんなのしか用意できなくて・・・」

翔さんは目も合わせずに、弱々しく続ける。

「プレゼント何がいいかずっと考えてたんだけど今年はこれしか思い付かなくて、でもよく考えたら重いだろこんなの。今日来たはいいけど、やっぱり何て言って渡せばいいかも分かんねぇし、お前の誕生日なのにお前に飯作ってもらってるし、相変わらず美味かったけど、内心それどころじゃねぇし、それどころじゃねぇのにお前の飯は抜群に美味いし、誕生日らしい事何にも出来てねぇし、それなのに鍵とかちょっと、やっぱりこれはねぇわ、とか思ったらもう訳分かんなくて、でも他に何も用意してねぇし、出直そうかと思ったけど誕生日は今日なわけだし、あぁっもう、ダメだ、本当ごめん」

予想外の出来事に、俺はただ茫然と翔さんの言葉を聞く事しか出来ず、そしてあまりにテンパってしまっている翔さんが可笑しくなって、つい声に出して笑ってしまった。

「いいよ翔さん、分かったから。誕生日忘れてた訳じゃないんだろ?」
「当たり前だろ、俺がどんだけ悩んだと思ってんだ」

それなら他に言うべき事があるだろうに、目的を果たした達成感からか翔さんはそんな事にも気付いていない。
そんな所も可笑しくて、それ以上に嬉しくて、笑いながら涙が溢れる。

「お前なぁ、そんなに笑う事ないだろ」
「だって翔さん、言い訳してるのに2回も飯が美味いとか滅茶苦茶だし」
「だからって泣く程笑うかよ」

俺マジ真剣だったんだからな、と文句を言いつつも、涙を拭ってくれる翔さんの手は優しくて、きっと涙の正体に気付いてる。

「あの、翔さん」
「ん?」
「俺明日昼からだし、この鍵さっそく使ってみたいんだけど」

そう言うと、翔さんは笑顔で頷いてくれたから。

「すぐ用意するから待ってて」

玄関で待ってもらって一泊分の荷物を慌てて用意しながら時計を確認すると、日付はもう31日になっていた。
28歳の誕生日、1日遅れになったけれど思う存分祝ってもらおう。
冷蔵庫のケーキも忘れずに持って、俺は翔さんの待つ玄関へと急いだ。








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