創 話

□雨の日に恋をした
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気持ち良く晴れていた筈の空は昼過ぎから雲が広がり、夕方になって雨が降り出した。
見上げる空は視界の端までどんよりとした雨雲が続いていて、当分止みそうもない。

「今日雨降るって言ってたっけ?」

独り言を呟きながら携帯で天気予報を確認する。
そこには皮肉なまでににこやかな太陽のマークが並んでいて、あてにならない天気予報に小さく悪態をついた。

「ハズレ」

まさか雨が降るとは思っていなかったから、今日は傘を持って来ていない。
さっきマネージャーから今日は送って行けないと言われたが、タクシーで帰ればいいだけの事だ。それだって家の前で下ろしてもらえば、濡れると言ってもたかが知れている。
それにこの後は特に予定も無いから、少々濡れたところで気にする事は無い。
再度窓の外に目をやり無数の水滴越しの街を眺めて、ふと昔の事を思い出した。
思えばあの時もこんな風に雨が降っていた。
まだ嵐としてデビューする前、翔くんと出会って少し経った頃。
レッスンを終えて帰ろうと外に出た俺を待ち受けていたのは、予想外の雨だった。駅までは少し距離がある。傘無しでは走ってもずぶ濡れになるのは免れない上に、吹く風も充分に冷たい。これでは確実に風邪をひくだろう。
オマケに、買ったばかりのお気に入りの靴が濡れるのも憂鬱で堪らなかった。

「どうしよう・・・」

溜息混じりに呟きながら空を見上げてみても、雨が止む気配はまるで無い。

「傘持って来てねぇの?」

振り返ると、そこに居たのは翔くんだった。

「今日雨が降るなんて知らなくて・・・」
「良かったら入る?まぁ、男同士で相合傘っつうのもアレだけど」

そう言って持っていた傘を広げると、俺が右側に入れるようにスペースを空けてくれた。

「これでも多少濡れるだろうけど、無いよりはマシだろ」
「ありがとう」

翔くんは俺より二つ歳上の高校生で、事務所内でも先輩で。話した事はあったけれどまだそれ程親しくは無かった。
だから少し緊張して遠慮がちに傘に入った俺の右腕を雨粒が濡らして、それに気付いた翔くんが俺との距離を詰める。

「これ、何の匂い?」

至近距離の翔くんから、雨の匂いに混ざって鼻を掠める香り。

「あぁ、香水?これ最近友達の間で流行ってて」
「学校の?」
「そう。世間的にはこれそんな流行ってないんだけど」

そう言って翔くんは友人達との間で流行っていると言う香水を教えてくれて、他にもお互いの学校の事や家族の事、よく行く店の話なんかをしながら駅まで歩き、ホームで電車を待った。
翔くんのプライベートを垣間見て、それまで知らなかった一面を知って。
それまでよりずっと親しくなれた気がして嬉しいのと同時に、俺の知らない事を沢山知っている翔くんが少し大人びて見えて、何故だが俺の心はソワソワと落ち着かなかった。
アナウンスが流れ、翔くんの乗る電車がホームに入って来る。

「これ、持ってけよ」
「え、でも・・・」
「いいから。じゃあまたな」

翔くんは傘を強引に俺に押し付けて電車に乗った。
発車のベルが鳴り、ドアが閉まって、ゆっくりと電車が遠ざかっていく。
俺はそれを見送って自分の乗るべき電車に乗ると、渡された傘を持ち直した。
翔くんが持っていた場所が、まだ温かかった。
電車を降りて、貸してもらった傘をさして家まで歩いて。
靴は結局濡れてしまったけれど、もうそんな事はどうでも良くなってしまっていて、風呂に入っている間も布団に入ってからも俺は何度も何度も翔くんとの会話を思い出しては、熱くなる頬を掌で冷やした。
その気持ちの正体をあの時の俺はまだ判っていなかったけれど、今思えばあの時から俺は、翔くんに恋をしていたんだと思う。

テーブルに投げ出してあった携帯が着信を知らせて、受信したばかりのメッセージに目を通した。

『お前今日傘持ってってないだろ?
迎えに行くから終わったら連絡して』

あぁ、また。こうして俺は、何度でも彼に恋をするのだ。






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