創 話

□恋ニモ負ケズ
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「んー、正直そんな何時間も並んで食べる程の味じゃないよね。ちょっと期待外れかな。これ位の味なら何処にでもある」

最近テレビや雑誌で話題の限定スイーツ。それを一口食べて、松本は平然とそう宣った。
くそ、この俺がわざわざ並んで買って来てやったのに。思わず出そうになった言葉を飲み込んで、俺も自分の分を食べる。

「そうか?俺は美味いと思うけど」
「翔さんは何食べたって大概美味いって言うでしょ」

チクリと嫌味を言われても今は我慢。松本の不機嫌の原因は、自分にある。あるのだが。

「いつまで怒ってんだよ、悪かったって謝ってるだろ」

昨日は仕事上必要な最低限の会話以外殆ど口を聞いていない。
なんとかこの状況まで持ち込んだものの、松本もなかなかに頑固である。手強い。

「本当に反省してる?」
「してるって」
「じゃあ何が悪かったのか自分で言ってみて」

二口目を大きく頬張って、険のある視線を寄越す。文句があるなら無理に食わなくてもいいのに。

「夜中にお前の事呼び出したのに放ったらかしで先に寝た事だろ」
「違う。夜中とか先に寝たとかそんな事は別にいいんだよ。あの日ここに来たのは俺の意思でもあるし疲れてたのも分かる。俺が言いたいのはね、」

そこで一旦言葉を区切ると、とびきりの笑顔で続けた。

「人の事呼び付けて口でしろって要求しておきながら、自分だけイッたらそのままイビキかいて寝た事。何なの、有り得ないでしょ」
「いや、でも俺だってあの時・・・」

ダメだ、何も思い浮かばねぇ。それにしても目が笑っていませんよ、松本さん。

「あの時、何?俺はデリヘル嬢か?」
「いえ・・・」

ぐうの音も出ねぇ。これはあと何回謝罪すれば許してもらえるのか。そんな事を考えているうちに松本は満足そうに最後の一口を食べ終え、

「それ、食べないなら貰っていい?」

文句を言っていた割には俺の分まで要求した。なんだよ、気に入ってんじゃねぇか。松本が席を立って俺の隣に来る。

「ねぇ、」

右手の人差し指で生クリームを掬い、その指でゆっくりと俺の唇を辿る。眼差しは、挑戦的で扇情的。

「今夜は俺の事、愉しませてくれるんでしょ?」

薄く開いた唇が近づいて這わされた舌がクリームを舐め取ると、唇ごと吸われ舌を差し入れられて。口の中からだんだんと、何もかもが甘く蕩けていく。
あぁもう、これだから。歳上ぶって偉そうな事ばかり言っていても、結局振り回されているのは自分の方なのだ。
重ね合わせた唇の僅かに出来た隙間で苦笑して、甘い香りのする松本を抱き寄せた。







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