チル

□-INTRODUCTION- 【月、見てるだけ。】
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 -INTRODUCTION- 【月、見てるだけ。】


 ヨーロッパに拠点を作ろうとパリにいる間、我々パンドラは郊外の小ぢんまりとした洋館を拠点にしている。
「ちょっと真木ちゃん、少佐ドコ?せっかくヒトが闇組織と渡り合ってきたっていうのに」
 深夜、自室に引き取ろうとしていたところで紅葉に呼び止められた。着道楽の彼女はTPOに応じてよく着替えるが、見ると黒ラメのタイトなワンピースという、さっき外から戻った服そのままである。ずっとボスを捜していたらしい。
「少佐なら、調子悪いって朝から部屋を出てないが」
「いないから聞いてるんじゃない」
 端的な返事にため息が出てしまう。
「……ったく。お元気になったのだろう。報告なら何か書いておくか、メール送っておけばいい」
「やーよ、同じアジトにいて何で口で報告できないのよ。書くのメンドーだし、メールはいつ読むかわからないでしょ」
「……わかった」
 それなら自分で捜しに行けばとも思うが、この役目を他の人間に譲るつもりもない。
 玄関から外に出て気付く――思ったほど暗くない。理由はすぐにわかった。
 夜空を見上げれば高みから月が、まっすぐにこちらを照らしている。
 翼を広げ、音を立てぬよう慎重に飛び立つ。この館は近所からオバケ屋敷と呼ばれているのを、少佐が気に入ってわざわざ借りたもの。こんな姿を一般人に見られたら、それこそ吸血鬼だ何だと大騒ぎになってしまう。
 案の定、彼は屋根の上にいた。
 パジャマに学生服の上着を引っ掛けた少佐は、屋根の傾きに足を投げ出し、後ろに手をついて上体を起こしている。その背後にふわり、と降り立つのに成功すると、風が銀の髪をそよがせた。
「少佐、そんなところで何を」
「……月、見てるだけ」
 振り向きもしない彼の傍らで、こちらもこの時期には出番のない煙突にもたれ、小柄な姿をせかすでもなく見守る。
「不思議なものだね」
 木立ちのざわめきがやむのを待って、少佐は続ける。
「月なんて、どこで見ても同じ、地球の衛星だ。なのにどうして日本の月が懐かしいのかなあ」
「……帰りますか?日本へ」
「んー、やり残したことがあるからね。それがすんだらだな」
 月よりももっと、どこか遠くを見ていた彼が不意にこちらを向く。
「真木、のどが渇いた。甘くて、苦くて、ホッとできて、油断ならないものが飲みたいな」
 からかうような笑みを含んだ、瞳の中の剣呑な光に思わず手が伸びそうになるのをこらえ、庭を示す。
「……紅葉の報告を聞きながら、カフェオレでも入れましょう。お身体に障りますから少佐、どうか中へ」




 紅葉は居間のレトロな窓から前庭、真木の去った方を見ていた。そこへ寝るつもりか、葉がふらりと通りかかる。
「あ、おかえり。何してんの?」
「真木ちゃんと少佐のコト、ちょっとね」
 ため息をついて髪をかき上げると、それだけで葉は全て察したらしい。
「なるほど」
「あーあ、私もあれくらい尽くされてみたいもんだわあ」
「誰かイイヒト見つけたら〜あ?」
 持っていた雑誌をめくって、あくびをする。少し慌てさせたくなって、紅葉は雑誌を取り上げた。
「葉、アンタ立候補する気ない?」
「残念。オレも尽くされる方が好きだし」
「ま、アレは特別よね……」
 再び窓に目をやると、夜空から人影がふたつ降り立った。




 To be continued.



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