チル

□告白
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Thanks to BGM:Jordyn Taylor 『Accessory』

  【告白】


(日本との時差は4時間か……)
 ノートパソコンが示す数字と、部屋の時計とを見比べてちらと考える。
 カタストロフィ号は現在、インド洋のほぼ中央を航行していた。船内時刻は午前1時過ぎ――既に真夜中と呼ばれる時間である。
「ソレデサー、マタキョースケハカオルト遊ンデタンダケド」
 夜行性の桃太郎がせっせとひまわりの種をかじりつつ、船室でパソコンを見る真木に喋っている。
「いつものことだろう。何でわざわざ知らせに来るんだ?」
「ダッテオ前ガイチバン夜更カシダシ」
「葉はどうした」
「ばいとカ何カデイナイヨ」
「……で、何があったんだ?」
 各国支部の活動報告をざっと読みながら促すと、桃太郎は頬にためていた種のかけらをごくんと飲み込んだ。
「街ニ出タラ、店先デカオルガジーット指輪見テルカラサ、キョースケが買オウカッテ言ッタンダ」
「……それで?」
 おざなりな相づちに気付かず、齧歯類はまた種かじりを再開した。
「ソシタラカオルハ、『指輪って、くれた人に拘束される気がしない?あたしはまだいいや』ッテ。……オイ聞イテルカ?」
「聞いてる」
 マウスをクリックする手を止め、真木は小動物に向き直る。
「あのメガネにでももらうつもりか?」
「キョースケモソレ言ッテタ。ケド、ソウジャナイッテ」
「拘束される気はない、か」
「ンー、自分ニハマダ早イトカ、ソンナコト言ッテタ」
「……そうか」
 パソコンに目を戻し、案外常識人に育った彼女のことを考える。
 いつか――彼女が自らあの椅子に座るとき、自分はそこにいるのだろうか。
 指が止まってしまった真木に構わず、桃太郎はせっせと食事に励んだ。



「真木、ちょっと待って」
 パンドラのパンドラたるゆえんである、ささやかな仕事を終えてアジトへ戻る途中、空へ飛ぶ前にネオンの光に何か気になるものを見つけたのか、兵部は夜の繁華街へと寄り道した。
 帰宅を急ぐサラリーマンやOL、今から遊びに繰り出す少年少女――さまざまな人間が行き交う中、金髪の若い男が路上でアクセサリーを売っていた。ペンダントにブレスレット、もちろん指輪もあった。大きな石がついたもの、厚いシルバーを彫っただけのものなどいろいろ並んでいる。
「少佐?」
 真木の声に、眺めていた兵部は首を振った。
「何でもない。行こう」
「……」
 真木はその背を見送った。



 どこでもドアみたいですね、とパティが評した超空間を抜けてアジトに戻ると、インド洋は綺麗な夕暮れだった。海も空もオレンジ色に染まり、静かに波音だけが世界を満たす。
 みな出払っているらしく、タミーとバービィ(九具津のメイドモガちゃんたち)だけが出迎えてくれた。
「少佐。こちらでしたか」
 最上階のオープンデッキで、夕方から夜へと変わる空のグラデーションを眺めていると、真木が階段を上がってきた。潮風に吹かれながら応える。
「何?」
 まだスーツ姿の彼は、言いにくいことがあるかのように口ごもった。
「その…………………………これを」
「指輪?」
 路上のものなんかではない、きちんとシルバーで有名な店のロゴが入った箱を開け、兵部は視線を落とす。
 うつむきかげんのその姿がひどく寂しげに見えてしまい、真木は思わず兵部の腕を引いた。抱きしめ、左手の指に口づける。
「好きです、少佐」
 何を思っても全て伝わってしまうのであれば、いっそこのまま――
「……オイオイ」
 波の音にまぎれて、兵部のあきれたような声がする。
 するりと彼はテレポートで、真木の腕から逃げ出した。
「僕がお前に拘束されるとでも?さっきは、女の子ってこんなのが好きなのかなーって、見てただけさ」
 真木を見下ろすように宙に浮き、尊大に眉をそびやかす。
「それにしても、どんな顔でこれ買ったんだい?面白いからもらっておいてやるよ」
 動揺を隠す目をのぞきこんでニヤニヤ笑い、鼻先をはじいて兵部は自室にテレポートした。スプリングのきいたベッドに着地する。
 部屋には一足早く夜が訪れていた。薄暗い中、口づけられた指のその場所に、銀の指輪をはめてみる。
 ゆるくもなく、きつくもなく。繊細な彫りを施されたそれは、兵部の指の白さを際立たせてしっくりとなじんだ。
「……お前にしては、いいセンスしてるじゃないか」
 軽く透視してみると、真木が買ったのはこれ一個だけ。全く、自分の分まで気付かないところが彼らしい。
 兵部はぼふっとうつ伏せに倒れ込んだ。指輪に唇を押しあてる。
 あのまま――真木になら拘束されてもいいかもと、ちらっとでも思ってしまったことは、絶対絶対絶対絶対絶対、胸の中の秘密だ。



 THE END.



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