〇一陣の風[完結長編]

□はじまり
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天人が江戸を襲来、定住し始めてからというもの、街の様子はすっかり変わってしまった。
中央に巨立するターミナル、往来を行き交う異種異形の宇宙人たち。
携帯電話を手に足早に過ぎ行く人々はまるで、他人から干渉されるのを疎ましがっているようにも見える。

歌舞伎町の片隅にある、一軒の団子屋。
銀時は餡串を頬張りながら、とりとめのない事ばかり考えていた。

(今日の晩メシどうすっかな)
(しっかし暑いな。まだ六月だぜコノヤロー)
(もうコレ地球爆発すんじゃね?温暖化で地球爆発すんじゃね?コレ!)
食べ終えた団子の串をくわえたまま、ふうっと息をもらす。

平和だ。

地球は爆発するかもしれないが、とりあえずのところは
平和だ。

かつては攘夷志士として戦場を駆け抜けた。‘’白夜叉‘’などと呼ばれながらも命を燃やして戦った。
結局、不本意ながら天人の台頭を許してしまったが、銀時に後悔はない。
世はそれなりに平和なのだ。
そして今では護るべき存在がいる。
新八や神楽、お渡勢やお妙‥はいいとして、とにかく、このささやかな平和が続くのであれば、天人の治める世もまんざらではないと思うのである。
未だに攘夷に闘志を燃やす旧友、桂や、道を外したようにしか考えられない高杉もいるが、自分は自分のルールを信じて生きていくだけだ。

「あぁ、アチいなぁ」
そう独り呟いて、団子屋のオヤジが置いていった気の効かないヌルくなった茶を口にふくんだ。

「アレ。旦那じゃねぇですかィ」

声のする方に目をやれば、予想に違わず栗色の髪をした青年がいた。真っ黒い隊服をカッチリと着込み、それにしては涼しい顔をして近づいてくる。

「チッ」
同時に舌打ちしたのも予想通りの男だった。
深い藍色の開き気味の瞳孔をして、くわえ煙草でチンピラよろしく此の方を睨んでいる。

同じく黒い隊服姿ではあるが、先の青年とは違って上着を左肩に引っ掛け、首元のボタンは外され、スカーフはもちろん無い。
額から玉のような汗を流しながら心底だるそうに煙草をふかしている。
云わずもがな、これら二人は対テロ幕府特別武装警察の一番隊斬り込み隊長こと沖田総悟と鬼副長こと土方十四郎である。
(そう言ってしまうと、何だかスゲェ奴らみたいだが、簡潔に説明するなら、幕府公認のヤクザ集団ってところか。)

「よぉ沖田くん。この暑い中ゴクロウサンなこって。」
「いやぁ、マジでこの暑さにはまいりやすぜ。旦那はいいですねィ。俺も早く帰ってクーラーつけて昼寝でもしたいってもんでさぁ」
「おいおい、そりゃ嫌味か!?俺ンちにクーラー無いの知ってて言ってる?!」
「ああ、そりゃあ失礼いたしやした旦那‥知ってやした」
そう言うと、黙っていれば可愛いげのある顔をぐにゃりと歪ませてサド丸出しの下品な表情になった。

「おい総悟!ンな野郎、相手にしてんじゃねぇ!ただでさえこの暑さでイライラきてんによっ!もう地球爆発しちまうんじゃねぇか?!」
涼しげな目元とは相反して、汗だくの土方が言い捨てた。
「チョットチョット土方くん?そりゃあ、こっちの台詞だよ?近づいてきたのそっちじゃん。相手してほしかったのそっちじゃん。俺ンちクーラー無いもん、温暖化に拍車かけて地球爆破しようとしてんのもお宅らじゃん。」

土方の米噛みに青筋がはしった。

「何だとコラ!?てめぇだってやっすい原付乗り回して排ガス撒き散らしてんじゃねぇかよ!他人のこと言えた義理かよ!」
「あのねぇ、俺がいくら頑張って原付きフカしたところで地球はビクともしねぇんだよ。それよりお宅らがあの無駄に広い屯所で暑苦しい男共の体温下げるべくガンガンクーラーいれてる方がクるんだよ、地球にはクるんだよ!」
「ぃやかましいわっ!!クーラー付けたくても付けられねぇ奴がとやかく言うんじゃねぇ!!そういう台詞はエアコン買ってから言いやがれ!」
「あンだとコノ野郎。こちとら高い税金払ってンだよ。お前らがクーラー付けれるように俺らが金ばらまいてんだよ!」
「だから税金支払ってから言えよっ!っつーか俺だって納税してんだよ!!」

話の矛先がいつも通り変わってきたあたりで銀時と土方はぐいっと互いの胸ぐらをつかみ合う。何がそこまで気に入らないのか、土方は顔を真っ赤にして怒っている。
「総悟ぉ!!刀寄越せ!!」


「‥あの。沖田隊長なら先に行きましたよ。」

「?!山崎ッ!」
「ジミー!いつからそこにいたんだ?」
「最初っからいましたよっ!!いくら地味キャラだからってそれはないでしょ!!」
すがるように訴えるのは土方の腹心、監察方の山崎退。その存在感の薄さにより、隠密活動を主とする監察としての手腕は群を抜いている。
しかし今日は沖田考案の夏の隊服を着用している。両袖が破り取られジャンキーな感じのアレだ。これでも目立たないとは。というか存在すら確認されないとは。
「クソッ、総悟の野郎!覚えてやがれ。」

ドオオォォォン

その瞬間、爆発音が風にのってきた。
「!?テロかっ!」
割と近くから聞こえてきたにも関わらず揺れも振動もない。小さな爆弾だろうか。否、違う。土方の直感が当たっているならば‥

街の人々が何事かとザワついている。その雑音に混じって野次馬の声が響く。
「真選組だぁ!真選組がまたやった!」

「おいおい、サド王子がまたバズーカぶっ放したんじゃねぇの?お前ら一体どんな教育してんだよ?あいつに火器もたせるんじゃねぇよ!」
胸ぐらを掴んでいた手をようやく放した。
「あンのバカッッ!!‥‥‥‥‥
おい山崎。おまえちょっと行ってこい。」
「えええぇぇ!!!!オレ?俺一人でですかぁ!?嫌ですよ無理ですよ!!どうせ後始末しなきゃなんないのは副ちょ‥ぅげふっ!」
土方の裏拳が山崎の顔面にクリーンヒットする。
「やかましいんだよ!!四の五の言ってねぇでとっとと行きやがれ!!」
「ヒィィッ!わ、分かりましたぁ!」
噂に違わぬ鬼の形相で怒鳴られて、山崎は半泣きで駆け出して行った。

「ジミー一人に任しといて良いわけ?職務怠慢ってやつじゃねぇの?」
「俺は後から行くつもりだ。つーかテメェが口挟むな。」
総悟のおイタでテンションが下がったのか、土方から喰ってかかるような勢いは無かった。銀時とは目も合わせず団子屋の長椅子に腰をかけ、隊服の内ポケットからタバコを取り出した。
銀時は餡串が食べかけだったのを思い出す。かと言って今から土方の隣に腰掛けるのもどうかと思案しつつ、癖っ毛の頭をボリボリかいた。
(だけど俺が先客だし!)
そう思い直して土方の座った長椅子の方を見やる。

怒りが幾分かは鎮まっていたはずなのに、土方の顔は先程よりも赤い。流れる汗は現在進行形だ。
「おい。俺が言うのもなんだが、おまえ大丈夫か?」
「あン?上等だコラ」
返答の内容がおかしい。初めてではないが。

土方は、くわえた煙草にお気に入りのマヨライターで火を付けると、煙を胸一杯に吸い込んだ。
‥途端に「うぅっ」という呻き声と共に、右手で煙草を挟んだまま口元を左手で覆った。
刹那、上半身が小さく左右に揺れたかと思うと、そこで意識が途切れたのか、口元を塞いでいた左手はゆっくりと膝上に落ち、そのまま長椅子の後方へ仰向けに崩れ落ちた。

「おいっ!!」

銀時の差し出した右手は間抜けなくらい役に立たなかった。
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