〇一陣の風[完結長編]

□水無月
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「副長!お疲れ様ですっ!」

屯所で門番をしている平隊士が二人揃って頭を下げる。
無言で門を通り抜ける土方に、若干の恐怖感を抱きながらも、何事もなく無事に鬼が去ってくれる様に極力存在感を消す。
いつもそういう訳では無い。
近藤と共に帰ってきた時は割と機嫌がいいし、挨拶をすれば『ああ』とか『おう』くらいの返事はあるし、調子が良ければ土方から話しかけられたりもする。
平隊士の間では、副長に声をかけられたら真選組でも一人前だ、というジンクスがあるらしい。

だが、今の土方に話しかける事ができるのは隊長クラスだけであろう。
下手に話し掛けでもして切腹させられては、ご先祖様に申し訳が立たない。
土方のご機嫌がよろしくなさそうな事は一目瞭然であった。

(あったま痛ぇなぁ)
眼球の奥から頭の中心に向けてガンガンと鈍痛がする。


土方が目を覚ましたのは見知らぬ部屋だった。
「‥ここは‥」
ぼんやりする頭を早急に働かそうとする。
辺りを見回せば、衣紋掛けには隊服の上着がきちんと掛けられ、部屋の片隅には刀も置いてある。
兎に角、刀を‥
そう思い立ち上がろうとした時、視界を揺らすような頭痛で、それは成しえなかった。
代わりに、咄嗟についた右手の下の畳は少し温かく、ついさっきまで何者かがここに居たことを推測させた。
「あぁ、気が付かれましたか」
開け放たれたままになっていた襖の向こう側から、見たことのあるおやじが顔を覗かせた。


「くそっ」
団子屋のおやじから事の次第を聞いた土方は、別の意味で軽い目眩を覚えたのだった。
「ありえねぇ!」
隊務中に熱中症でぶっ倒れた挙げ句、あろう事か万事屋の世話になったなど‥。
どこをどう取ってもフォローの余地がない。

団子屋のおやじが冷えた茶を持ってきたが、『面倒をかけた』と言葉少なに謝罪して、尻ポケットの財布から適当に札を抜き出し、おやじの手に押し付けるように渡して帰ってきた。おやじが何か言っていた気はするが、これ以上何も聞きたくはなかった。


「土方さん。一体どこをほっつき歩いてたんでさぁ」
屯所の上がり框から総悟が言う。
「‥‥!」
返答できない。
平素から総悟には、サボるなと口酸っぱく言ってきている。無論、自分はサボっていた訳ではないし、惰眠をむさぼっていたのとも違うが、結果は同じだ。

物云えぬ土方の左頬の筋肉が、ピクピクっと細かく痙攣した。

しばし何か考えるように黙っていた総悟だったが、やがて踵を反して言った。
「近藤さんが不在で仕事も溜まってるんですぜ?‥暑さにやられたなんて、冗談でも言わねぇで下せえよ。」

「!!!!!なっ、だ‥誰がだっ!!」

時々本気で怖くなる。こいつはエスパーなんじゃないかと。もしくはスタンド使いか何かか?!

総悟の後ろ姿をドキドキしながら見送った後、小さく息を吐いて自室へと続く廊下を進んだ。
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