〇一陣の風[完結長編]

□長月
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九月一日。

「この度、新規に真選組副長の職を拝命した河南敬太郎と申す。若輩者ではあるが、この重責を全うすべく身を粉にして、否、命を賭して江戸の平和の為、ひいては真選組の更なる発展の為尽力する所存だ。昨今の江戸は幕府、将軍を軽んじ、‥」
真選組では新副長による大演説が繰り広げられている。
既存の隊士に混じって河南の直参が32名、食い入るように耳を傾けている。反して古株の隊士達は気もそぞろ、土方と河南を交互に見遣っている有り様だ。
いつもとは全く異なった雰囲気の中での朝会が終わった。


「いや、河南くん、素晴らしい口上だった!隊士達も更にやる気をみなぎらせている事でしょう!」
近藤に持ち上げられて、満更でも無い顔をしている。

「俺はみなぎりやせんでしたけどね。」
「コラッ!総悟ッ!?」
沖田の軽口に近藤が慌てて制止する。
「いや、構いませんよ近藤さん。真選組において私は新参者、先輩の進言は素直に聞き入れるべきだ。」
「さ、さすが河南くん、懐の大きさが違う‥」
「一番隊隊長の沖田くんだったね。‥君の剣技は優れているのかもしれないが、礼節がなっていない。私は先輩としての君の意見を受け入れよう。君は人生の先輩としての私の意見を聞き入れるべきだ。」
ピシャリと言ってのけた河南に対して、沖田はいつものポーカーフェイスではなく、敵意剥き出しである。しかし河南は怯まない。
「その様な軽はずみな言動を続ける限り、我らの崇高な理念は幕府は元より世の人々にも通ずるまい。その証拠に君達はチンピラ警察と揶揄されているではないか。」

尚も終わりを見せそうにない河南に、ふかしていた煙草を灰皿に擦り付けて土方が口を開いた。
「‥河南さんよ。あんたの言う事ぁごもっともなんだが、しつこくっていけねぇ。‥京女にでも仕込まれたか?」

河南が明らかに表情を曇らせる。
「ちょっ?!トシッ!!い‥いやぁ〜、コイツら緊張してんのかなぁ〜!!」
不機嫌オーラのトライアングルの中で近藤だけが冷や汗をかいていた。
「土方さん。そうやってちょこっと嫌味を挟むのも京女に仕込まれたんですかぃ?」
「そおごっっ!!!」
助け船を出してやった筈の総悟に返り討ちに遭う。
やがて、表情を軟化させた河南は土方に言った。

「‥土方君。私が連れて参った部下32名の処遇を決めたいのだが。」
「ああ。それなら‥」
土方はある程度、構想を練っていた。
河南の手前もあるので10名程は隊に分散して入れる。これくらいなら指揮に影響も及ぼさないであろう。残りの20名は勘定方、会計方、国事探偵方あたりに放り込んでおければ、一先ずは安心だ。

「土方君。これは相談というより、お願いなのだが。」
「‥?」
「新たに十一番隊から十三番隊を設置したい。そこに私が連れてきた者達を登用したいのだ。」
「!?!?」
「?別にいいんじゃないか?なぁトシ。」
近藤は安穏とした返事をしている。
馬鹿な!土方は一瞬で思った。
それこそ、真選組の名を借りた独自の部隊ではないか、と。

「悪いが、それだけは聞き入れられねぇ。」
「‥ほう。それは如何故か?」
近藤も、なんで?という顔で見ている。
(真選組を乗っ取られちまうぞ?!)
「むやみに増やせば指揮系統に乱れが出る。無駄も多くなる。隊は今まで通り十番隊まででいく。」
土方はハッキリ、キッパリと断った。
「‥分かりました。無理は申しますまい。」
意外にあっさりと引き下がる河南。
嫌な予感がする。

「その代わり。一番隊から五番隊に5名ずつ、六番隊から十番隊に1名ずつの所属として頂きたい。‥これは妥協案だ、土方君。」

(やられた!!!)
土方は歯を軋ませた。
河南の目的は初めからこれだった。
話の流れで、土方が断る事が出来ない状況に上手く持っていかれてしまったのだ。
頼りは近藤だけだ。
「河南君もさっきはトシの顔を立ててくれた訳だし、いいんじゃないか?なぁ、トシ!」
近藤は頼りにはならなかった。
土台、底抜けのお人好しだ。
総悟も戦略的な話はさっぱりである。頭がカラっぽだ。

「では詳しい人員の配置は部下達をよく知る私に任せて頂こう。」
今日中に決定する、と言って河南は従者二人を従えて自室へと向かったのだった。


「クソッ!!」
土方は自分の部屋に入るなり座り込むと、これみよがしに畳を拳で殴り付けた。
「何が今日中には決定する、だ!!もう腹は決まってる癖しやがって!!」
後ろから付いてきた沖田は平然としている。
「俺は別に構いやせんけど。相変わらず小さい事にこだわるお人ですねぃ土方コノヤロー。」
「‥馬鹿は黙ってろ。」
煙草に火を点けようとするが、カチカチと音がするばかりだ。

一番隊から五番隊までは半数が河南の息のかかった者で占められる。
(まるで呉越同舟だな。)
六番隊から十番隊には一名ずつの配置。
(さしずめ見張り役ってとこだろ。)
ようやく点いた煙草を肺の深くまで吸い込んだところで、聞きたくない声がする。

「おはよーございまーす」

鼻をほじりながら敷居を跨いで入ってきたのは、半開きの目をした銀時であった。

「旦那。今までどこに行ってたんですかぃ?」
「んー、心の洗濯?」

実は祭りの告白で玉砕してから今まで、屯所に足を運んでいなかった。
自分の気持ちの整理がつかない。以前も土方への気持ちを諦めようと試みて失敗した事から、距離をあけたところでどうしようも無い事は実証済みである。そもそも、土方も自分には会いたくないだろうと考えたからだ。

ちらっと視線だけを土方に向けるが、青い瞳はこちらを見てはいなかった。

「旦那、今日からウチは新体制ですぜ。」
「あ、そうなんだ?」
勿論知っている。だから塞ぎがちな心を叱咤してここに来たのだ。
「‥ま、副長お手伝いとして頑張ってくんなせぇ。」
まるで他人事のように言って沖田は部屋を後にした。

銀時は頭を掻いて、土方の少し離れた場所に腰を下ろす。

「で、俺は何したらいいの?」
沈黙してしまう前に話し掛ける。

すると土方は体ごと銀時に向き直った。

「こうなったら体裁も何も構っちゃいられねぇ。てめぇにもしっかり働いてもらうからな。」
「!‥」

「無断欠勤は切腹だぞ、コラ」

真正面から見据えられて、銀時の心は震えた。

「‥じゃさ、」
「あ?」
「ちゃんと仕事すっからさ、」
「‥‥」
「前払いしてほしいんだけど」

銀時の言葉に、ちっと舌打ちして答えた。


「いくら必要なん‥」
「抱き締めて、いい?」
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