〇一陣の風[完結長編]

□神無月
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朝夕はめっきり涼しくなった。
日中でもさほど気温は上がらない。
銀時は今までを取り戻すかのように仕事に勤しんでいる。
「天高く 神楽肥ゆる秋、だかんなぁ‥」
文句じみた事をつぶやきながらも気分は良い

今日は旧家の庭木の剪定をしている。
夏の間に伸びきった枝葉を適当に切り落としながら、頭に思い浮かぶのはやはり、黒髪に藍色の瞳が美しいあの男の事ばかりだ。

『‥俺も‥思ったよ‥』

確かに土方はそう言ったのだ。
あの時の科白を銀時は頭の中で何度リプレイした事であろうか。

調子に乗って肩に回そうとした手は、容赦無く弾き飛ばされてしまったが。

チョキチョキ‥

(最近、街中でも全然見ねぇな、土方‥)

小規模のテロや愉快犯による事件は相変わらず起こっていたが、そこに土方を確認する事は無い。

(まさか河南に虐められてんのか?‥いや、ゴリラか!?)

チョキチョキチョキ‥

(ゴリラだったら許さねぇぞ?俺の土方を泣かせる奴は絶対‥)
もうすっかり『俺の』扱いである。

チョキチョキ‥ボキッ!

「‥あっ」

妄想に力が入って、うっかり太い木の枝を落としてしまった。
誰も見ていなかったのが幸いだ。

「ヤベェヤベェ。」
今の内に証拠を隠滅すべし、と脚立を降りようとしたところで、塀の向こうに黒い隊服の男が歩いているのが目に留まる。黒髪だ。

(うそっ!?土方かっ?)
心臓がドクンと鳴って、降りかけた脚立の一番高い所まで登ると、大声で叫んだ。

「土方ぁーっっ!!!」

黒い隊服の男は立ち止まって、辺りをキョロキョロしながら声の発生源を探している。
(ヤメテ!超カワイイんですけどっ!?)

「おおーい!後ろだよ!いや、その右っ!その後ろの木の上ーっ!!」

「‥!!あっ、旦那!そんなとこで何やってるんですかーっ?!」

「‥‥‥‥‥‥‥」

こちらに気が付いて振り向いたのは、土方とは似ても似つかぬ地味な部下だった。



「‥お前ねぇ。俺の純情返せよコノヤロー。」
「知りませんよ!旦那が勝手に見間違えたんでしょう?!」
昼休憩と称して、銀時は近くの公園に山崎と座っている。

「なぁ。最近さ、土方くん見ないんだけど。どうなってんの?」
「‥副長ですか‥‥」
「もっと公開しろよ。出し惜しみしてんじゃねぇぞ?コラ!」
銀時は山崎に買わせたいちご牛乳を飲みながら悪態をついた。
「旦那‥随分とオープンになりましたね。もしかして副長と何かありましたか!?」
好奇心を露にしている。
「べっつにィー?‥まぁ強いて言うなら、俺とアイツは赤い糸で」
「旦那聞いてください。」

聞いてきたクセに話の腰を思いきり折られて銀時はムッとする。

「俺、だいぶ前ですけど、旦那に話したい事があるって言いましたよね?覚えてます?」
「‥‥‥‥‥」

そんな事あったっけ?と考える。山崎と会う事自体が久しぶりだ。
(最後にジミーに会ったのは‥)

「‥‥あー!」
思い出した。
銀時が『副長お手伝い』というフザケた名の職を与えられていた時だ。
(確かスゲェ暑い日で‥屯所の中庭を歩いてる時に話がある、って言ってたよ!)
「俺がアイス買いに行かせた日か!」
銀時はポンと手を打った。
「‥そうですよ!あれほど待ってて下さいって言ったのに。」
ジロリと下から睨まれる。
「わりぃわりぃ!男の癖に昔の事
をいつまでも根に持ってんじゃねーよ!あと、全然カワイくねぇから。」
これは逆ギレである。

「はぁ‥。こんな事、今さら話しても遅いのかもしれないけど‥」
「地味な上にジメジメすんじゃねぇよ!」

山崎は意を決したように銀時に目を合わせた。
「近江屋ってご存じですか。」
「ンだよ。また近江屋かよ。なに、今の江戸では近江屋の話題が旬なわけ?近江屋なう?」
「ご存じならいいです。話が早い。」
銀時の横槍もあっさりスルーして山崎は続けた。

「‥実は、副長には内緒で、近江屋の調査をしているんです‥」

その件については以前、桂が話していた。それを聞く交換条件として土方の元を離れてしまったのだが。
近江屋をつけていたのがまさか山崎だとは思わなかった。

「やめとけよ。バックに天人がついてんだろ?」
「けど、近江屋はクロなんですよ?それに旦那も知ってるでしょう。副長は奴らの手の者に斬られたんですよ?!それでも黙って見てなくちゃいけないんですか!?」
「‥お前、そういう事を土方にちゃんと話したのか?」
「あ‥いえ‥。だって副長は許してくれる訳ないでしょう。自分が我慢すればいいと思ってる筈ですから‥」

はあーっ、と銀時は大きく溜め息をついた。

「あのなぁ!お前が勝手な真似すっから、あちらさんは土方の差し金だと思って1日に何度も刺客を寄越してきてンだよ?!知らなかったか!!?」
ガタンッという音を立ててベンチから立ち上がった銀時は、山崎を上から怒鳴り付けた。

それに少し驚いた山崎だったが、すぐに口を開く。

「知ってましたよ。」
「‥何だって?!」
「知ってましたよ!だから言ったじゃないですか?!」
今度は山崎が勢いよく立ち上がる。

「副長を宜しく頼みますって‥言ったじゃないですかっ!!!」

銀時は急に言葉が出なくなってしまったかのように黙りこんだ。


(‥そうだ。俺は結局、アイツに何もしてやってねぇ。)
(自分の気持ちを押し付けて、困らせるだけだった。)

冷静さを取り戻した山崎が続けた。

「副長はいま謹慎中です。」
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