〇一陣の風[完結長編]

□霜月※
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「銀さん、このところずっとご機嫌ですね。」

新八が部屋をはたきで掃除しながら言った。

「そうネ。何か気持ち悪いアル。もしかして女でも出来たアルか?」

「‥フン。‥ま、お前らには縁の無い話だろうから?黙ってたんだけど。自慢みたいになっちゃうし?」
銀時は両足を机に引っかけたまま、回転椅子をくるくる左右に動かしながら答えた。

「えっ!?銀さん、いい人できたんですかっっ?!!」
新八がいい反応をする。銀時の机に両手をついて、前のめりに詰め
寄って来た。
「一体どんな人ですか?!僕も知ってる人ですか?!どこで知り合ったんですかっ!??」
「‥ホラな。ちぃっとお前らには刺激が強すぎたかな‥?」
刺激なら十分強いだろう。
何せ相手は男で、しかも真選組の鬼の副長なのだから。
勿論それをバラすつもりなど毛頭ないが。

「とうとうあのアバズレ忍者とできちゃったアルか。いつもは嫌がってたクセに所詮銀ちゃんは巨乳に目が無いアル。どうせ体だけのつもりが一回寝たとたん情が移ったとか、その程度ネ。」
「ちょっと!神楽ちゃん?!?」
いつもながらの毒舌に男性陣は舌を巻く。
「勘違いすんな!!俺のいい人はドエムの猿飛なんかじゃねえぇっ!!」
しかも土方とはまだキスしかした事が無い。
「自分で“いい人”とか言ってんじゃねーヨ!キモチ悪い。どうせチューでもしただけで勝手に恋人気取で浮かれてるだけネ。憐れな男の姿アル。こういう勘違いヤローが犯罪に手を染めていくアルよ。」

何だか妙に核心を突いてきている気がしてきて銀時のテンションは急激に降下していく。
「ちょっと神楽ちゃん!銀さんへこんじゃったよ!?なんかビンゴな感じだよ!?」
「うるせぇお前ら!大人の恋愛に口挟むんじゃねぇ!‥本当の愛っていうのはなぁ」
「ワタシ定春の散歩に行ってくるアル。行こっ!定春っ!」
「‥‥‥‥」
「あ、じゃあ僕も買い物行こうかな。神楽ちゃん待って!そこまで一緒に行こう。」
「‥‥‥‥」

そして万事屋には主が一人残された。

(ただのキスじゃ無ぇ。だってあの時はアイツから‥)
銀時はあの日、あの橋の上で土方から唇を寄せられた時の事を既に何度も何度も思い出していた。
脳内がビデオテープならとっくに磨耗して砂嵐になってしまっているだろう。


髪の毛を捕まれながら覆い被さるように唇を塞がれた時、銀時の好きになった相手は男だったのだ、と改めて思い知った。
青い瞳が銀時から外される事は無い。思わずこちらが目を瞑ってしまった。
強い煙草の匂いに土方を感じて胸も頭も、ついでに股間もアツくなる。
唇を埋めるだけのキスに銀時はすぐに物足りなくなって目を開けた。『土方‥』呟いて舌を差し込もうとした時。
土方は視界から消えた。

銀時の足下に横たわったまま動かない黒い背中を見て、先程までの甘いムードは一気に弾け飛んだ。
本能的にヤバイと感じた銀時は土方を仰向けにしてその頭を自分の膝に乗せる。呼吸が弱い。
早く医者に診せなければならないが、担いで行くには遠すぎる。
(そうだ、携帯!)思い付いて隊服のポケットをあれこれとまさぐった。ふと柔らかいものが手に触れる。(?!)何かと思い取り出してみればマヨネーズだ。イラッとする。
(刀を忘れやがったくせにこんなモンだけご丁寧に持ち歩きやがって!)が、マヨを出した拍子に携帯電話がコロンと落ちた。お陰で真選組に連絡を入れる事が出来たのである。

それがあの日の顛末だった。

幸い腕の怪我は神経を傷つけてはいなかったらしい。
失血性のショックで倒れたが、輸血と少しの休養ですぐに回復した。


その証拠に銀時は一枚の紙切れを持っている。

つい先日、たまたま警ら中の土方に出くわした。見たところ怪我人とは到底思えない動きをしている。その時に土方が警察手帳のメモ一枚を破って渡してきたのがこの紙切れだ。

そこには土方の携帯番号が記されているのだ。
直通なのだ。
もういちいち誰が出るか分からない大家族に電話をかけなくて済むのだ。

(この紙切れはあの日のキスが嘘じゃ無えっていう証だかんな!)

大事に折り畳んで袂にしまう。

「‥‥‥‥‥‥」
また袂から紙切れを取り出す。

思えば土方とは暫くまともに会っていない。このメモを貰った時も土方は一声すら発していないのだ。
つまりは、仕事中に銀時と遭遇し、側にいられると面倒なのでコレを渡して体よく追い払った。
その線が一番濃い。

「‥‥‥‥‥‥」

だからと言っていつまでも土方からの連絡を待っていても向こうから電話を掛けてくる可能性などかなり低い。
(ていうか、無いな。)
連絡を待っているうちに関係が自然消滅してしまったという話もよくある事だ。
(‥アイツはこれを渡してきた訳だしな‥)

直通なだけに電話をかけるのに勇気がいる。
必ず繋がるという事は、相手の都合もお構い無しでかかってしまう訳で、運悪く電話の相手が命懸けで戦っている最中だとしたらKYである事甚だしい。万一そうで無かったとしても、素っ気なく切られたりしたら自分のダメージが大きい。かいしんの‥いや、つうこんのいちげきに匹敵する。二人の新しい関係はまだ始まったばかりなのだから。

回転椅子をキコキコと鳴らしながら銀時はしばらく考えていた。

「‥‥‥‥‥」

頭の中は堂々巡りで答えは出そうもないが、ここに至って何もしないで済ませる事も出来ない。

(‥ここは一つ俺がリードしてやっかな‥。惚れた弱みっつーのもあるし‥!)

ギシッと椅子を軋ませて姿勢を正すと、意を決して黒電話の受話器に手を掛けた。

ジーコ‥ジーコ‥

ゆっくり電話のダイヤルが戻る音が響く。
だんだんと手が汗ばんできた。
(俺ってこんなにカワイイ奴だったっけ‥‥)
自分が可笑しくなる。

携帯の長い11ケタを慎重にダイヤルしきると息を呑んでその瞬間を待った。

プッ‥
(つながった!!)

『‥お客様のおかけになった番号は現在使われて‥』

ガシャーンッ!!!


受話器を怒りのまま叩き付けると、木刀を腰に突き刺して真選組の屯所へと原付を飛ばした。
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