〇一陣の風[完結長編]

□師走※
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冴え冴えとした空気に電飾が映える。
十二月の江戸はクリスマスムード一色である。
所狭しと飾り付けられた街の中を人々がいそいそと通り過ぎていく。

銀時もこの月だけは何かと忙しい。小売店の手伝いから大掃除まで、幅広く仕事の依頼が入ってくる。普段なら新八と神楽の三人で依頼をこなす事が多い万事屋稼業だが、今月ばかりは効率アップを目指して、バラバラに仕事をやっつける手法を採り入れた。

因みに銀時は今、道路工事の交通整理をしていた。

「‥全く。こんなところ工事して何の意味があんだよ!?コンクリート敷き変えてるだけじゃん。前と色しか変わってねーじゃん。」
独りでブツブツ文句を垂れながら通行人を誘導するが、そうでもしていないと寒さで凍えてしまいそうだ。

(土方どうしてっかな)

あの日、初めてお互いを慰め合った。
土方は事が済んだ後、怒って行ってしまったが実はそれきりでは無かった。

酒の誘いはことごとく断られるのだが、あの行為は許してくれているのだ。
ある時は公園のトイレで、ある時は木陰で、またある時は公園のトイレで‥
(便所ばっかじゃねーか!!)
銀時からすれば、かなりの堅物である土方が男同士のそれを続けているのが不思議で仕方が無い。

「まぁアレだな、土方くんも男だもんな。快楽には勝てねぇんだな。」
「てめぇ、天下の往来で涌いた事ぬかしてんじゃねぇぞ!名誉毀損でブチ込むぞコラ?!」

突然耳に飛び込んできた低く通る声は、銀時の愛しい男のものに間違いない。
振り向いてその姿を確認すると、いつもの煙草の煙を長く吐き出しているところだった。

「ナンパですか?真選組の副長さんがこんな所で仕事中に男をナンパですか!?」
「誰がテメェみてーなムサいのナンパするか。」
「ちょっと!?ムサくなかったらいいの!?いいんですかっ?!聞き捨てならねぇっ!!そこに直れぇっ!!」
赤い電飾棒をブンブンと振り回しながら喚く銀時を見て、土方はフッと息を漏らした。

「‥最近は景気がいいみたいじゃねぇか、万事屋?」
穏やかな藍色の瞳が銀時は大好きだ。
「まあ一年で一番のかきいれ時だかんな。」
たおやかな黒い髪が大好きだ。
「せいぜい気張って荒稼ぎでもするこったな。」
滑らかな白い肌が大好きだ。
「公務員はいいよな?息してるだけで定額制だもんな!」
鍛え抜かれた体が大好きだ。
「テメェが誰かの下について働けるタマか!?」
「あ、それは無えな。」
意地っ張りで頑固で己に厳しい土方の全てが大好きだ。


そんな銀時にはどうしても土方に聞いてみたい事がある。

自分の事をどう思っているのか、一体どんなつもりであの様な行為を許してくれているのか。
いや、もちろんそれも多いに知りたいが、玉砕するのは目に見えている。年の瀬にわざわざ寂しい思いをしたくはない。


ヘルメットのせいで触れない頭髪の変わりにうなじに手を遣る。
躊躇しながらも銀時は思いきって口を開いた。

「あのさぁ‥クリスマスって、土方くん空いてる‥?」
「クリスマス?」
土方の口振りはまるでクリスマスという言葉を知らないかの様だ。

銀時の心臓が思春期の乙女のようにドキドキする。

「いやホラ。24日とか25日とかだよ!」
具体的に言ってやった。クリスマスって何の日だ?なんて聞かれでもしたらキリシタンでも無いのに誘った自分が恥ずかしさで昇天してしまいそうだ。

「ああ‥それか。」
どうやらクリスマス自体は知っていた様である。

むしろ知らないでいてくれた方が良かったかもしれない。
何せ今からクリスマスという恋人同士の一大イベントにオッサンがオッサンを誘おうというのだから。

「どっちか空いて‥」
「仕事だ。」

あまりの即答に銀時はムカッとした。そんな先の予定をすぐに思い出せるのか?というかせめて最後まで言わせてくれても良かったんじゃないのか?
それが土方だといえばそれまでだが、あまりの瞬殺ぶりに、今日まで温めてきた胸の思いとドキドキを返せ!と怒鳴り散らしたい。

「‥あっそ‥‥!」
「万事屋。」

不貞腐れて放った一言に土方が返してきた。

(!!ひじかたくん、俺の気持ち察してくれたか!?そうだよな、お前はフォロ方十四フォローだもんな!!)

期待に胸を膨らませて土方を見た。

「怪しい奴を見かけたらすぐに知らせろ。いいな?」
「俺はお前の部下じゃねぇんだよっ!!ドチクショーッッ!!」

ヘルメットを脱いでアスファルトに叩き付けた。カコーン!!という軽い音が神経を逆撫でする。

クリスマスが仕事なのでは仕方が無い。だったらせめて晩飯だけでも一緒に出来たらそれでいいのだ。大切な人とその日を過ごした事の無い銀時にとって、今年は初めて心踊るイベントとなる筈だったのである。

‥しつこく誘えば酒くらいは付き合ってもらえるかもしれない。
だがそこは大人のプライドが邪魔をする。

敢えてそこを押してもう一度誘う。

「‥じゃあよ、仕事が終わった後に一杯やんのはど‥」
「断る。」

(断りやがったぁぁぁ!!仕事とかの理由も無しに断りやがったぁぁぁ!!これ完全に嫌がられてるよ絶対!!)

流石にここまで取り付くシマも無いとは思っていなかった。
何故ならば最近はそこそこいい感じだったのだ。

「あーそーですかっ!!分かりましたっ!お前は屯所で臭っさい男共とレッツパーリィしてるがいいさ!!」

銀時は土方から顔を背けて街のイルミネーションを親の仇でも見るような目付きで眺めた。
(しゃあねーか。‥土方だし。どうせ土方だし!)

「‥‥‥‥‥‥」
土方は肺の深くまで吸い込んだ煙を一気に吐き出す。

「ウチにゃ妻帯者が結構いる。」
「‥‥それが何か?!」

「このクソ忙しい年末に休みなんぞもっての他だが、いつ命を落とすか分からねえ身の上だ。」
「‥‥‥‥‥‥」

「そのクリスマスっていう日くらいは家族で過ごさせてやってもいいと思っている。」
その変わり後は休み無しだがな、と言って煙草を吸った。

「‥‥‥‥‥‥」
そう言われると何も返せない。

クリスマスの日は休みを取る隊士達が多い。という事は土方にとっては普段以上に忙しくなる事は請け合いなのだ。

「ふん!真選組の鬼はえらくお優しい鬼なんだな!」
皮肉混じりに言ってやった。

「その変わり‥」
「?」

「23日は休みだ。」
「えっ‥‥‥‥‥」

不覚にも一瞬、土方が何を言っているのか理解が遅れた。

それでもいいか?と続けた土方のお陰で銀時は言葉の意味を正確に把握した。

「お‥お、おうっ!!」

「あとは年明けまで休みは無え。
いくら働いても給料は定額制だ。‥どうだ、公務員が羨ましいだろう?」
「はいどうもすみませんでしたっ!!」

土方を誘う時とは違う胸の高まりで、銀時は喜びを押さえるのに精一杯だ。

「‥‥‥‥」
短くなった煙草を落として靴の裏で踏み潰すと、土方は別れの挨拶をすることも無く踵を返してネオンに消えていった。


女のようなか弱さや繊細さは微塵も感じられないのに、どうして土方を護ってやりたくなるのだろうか。
土方を苦しめる全ての事から護ってやりたい。
そして幸福に包まれている土方を抱き締めてみたい。
(サンタにでもお願いすっかな‥)
雪はまだ降っていないが、突き刺さるような夜の寒風の中、銀時はぼんやりと愛しい男の事ばかりを考えている。そうしていれば寒さで麻痺した爪先の事も忘れて、暖かい気持ちになれるのだった。
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