〇一陣の風[完結長編]

□睦月
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一月一日。

去年の暮れから急激に冷えだして降り始めた雪は、まだ止む気配を見せない。
江戸の町は白く覆われいつもとは全く違う様相を見せている。

「銀ちゃん。初詣に行きたいアル!」
朝からやたらハイテンションなバラエティー番組を見ながら神楽が言った。
「‥初詣だぁ?何が悲しくてこのクソ寒い中人混みに入ってかなきゃなんねぇんだよ!」
「何言ってるネ、ご利益を貰えるらしいアル。万時屋が今年はベンチャー企業になって儲かるように神頼みするネ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。あんなとこ行ったってご利益なんて貰えねぇよ?貰えるモンつったらせいぜいインフルエンザウィルスくらいのモンだよ?」
炬燵のテーブルに顎を乗せたまま銀時は気だるそうに会話を続けていた。

クリスマスに土方と痛恨の別れをしてから一度も顔を見ていない。
忙しいというのは聞いていたので、何も故意に会わないようにしているとは思ってはいない。
ただ銀時の心に残ったしこりがあまりに大きくて、何もかもに嫌気が差してしまう。
(土方に会えねぇんなら外に出る意味ねぇよ。寒いし‥)
「でも銀ちゃん!ホラ見ろよ。美味しそうな屋台が一杯あるよ!ワタシ行きたい!」
いつの間にかチャンネルは初詣でごった返す大江戸神社の中継に変わっていた。
「あのな、新年早々破格の高値でB級グルメ並んで買ってよ、結局『お店で食べた方が安かったね』なんて言いながら疲れ果てて家に帰ったら小腹が空いて、朝に食った冷えたお節の残骸かレトルトのカレー食う羽目になんだよ。そういうモンなんだよ。大人の言う事はちゃんと聞いとけ。」
「ワタシ、レトルトカレー好きアル!」
「うちにはありまっせん!」

神楽はふくれっ面をしている。
流石にたいくつだし、連れ出してやったら喜ぶのだろうがそんな気分では無かった。テレビからの賑やかな音も雑音を通り越して騒音にしか聴こえない。

「明けましておめでとうございます!!」
玄関の戸がガラッと開く音がして新八が居間の襖を開けた。一緒に冷たい空気が入ってきて少し頭がスッキリする。
「‥やっぱりダラダラしてたんですね。初詣はもう行ったんですか?」
新八のタイムリーな質問に神楽が目を輝かせる。
「新八ィ!銀ちゃん連れて行ってくれないアル!一緒に行くヨロシ!!」
「‥どうせそんな事だと思いましたよ。最近の銀さん、前にも増してヤル気無いですもんね。‥じゃ神楽ちゃん。せっかくだから、姉上も誘って三人で行こう!」
「やったーっ!!」

嵐のように出ていってしまった。
「おいっっ!!襖閉めてけよっ!!」
開けっぱなしにされた戸から冷気が大量に入ってきて室温が一気に下がってしまった。
「‥ちっ‥!」
銀時はモソモソと炬燵から這い出して俯せたまま襖を閉め、そのまま後退して炬燵に潜り込むと、肩まで布団を被って寝転んだ。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

テレビの賑やかな音が五月蝿い。
何も楽しくはないし、めでたくもない。
電源を切ってしまいたいが、生憎リモコンは自分と反対側にある。わざわざ取りに行くのも面倒で、からくりから強制的に耳に入る雑音に我慢していた。

もしあの時、土方から別れを告げられていなかったら。
いや、むしろ土方と少しでもいい関係になどなっていなかったら。

新年は、もう少しマシな形で迎えていただろう。

叶わない事をあれこれと考えながらぼんやりとテレビの画面を眺めていると、フレームの端にチラッと見えた黒い陰。
「‥?!」

改めてよく見ていると、黒い隊服がちらりほらりと画面に映っている。
「‥‥‥‥‥」
中継場所は大江戸神社。江戸一番の大きな社で、上様からも供物が献上される事から攘夷派の標的にされる可能性もある所だ。
そこでやっと銀時は身を起こして画面を凝視した。
(そうだ‥!今日ならここに土方がいるかもしれない‥!)
中継カメラがタコ焼きを食べている栗毛の隊士を映し出した時、銀時の想像は確信に近いものに変わった。急ぎ起き上がって上着を引っ掛け敷居を跨ごうとした時、足が止まる。
(‥わざわざ会いに行ってどうする気だ俺は‥)

冷気が足にまとわりつく。
「‥‥‥‥‥‥」

あの日土方が見せた氷のように冷たい瞳がまざまざと脳裏に甦ってきた。
(‥まだ早い。アイツに会うには、まだ早すぎる‥)

銀時は襖戸に手をかけたまま、暫く立ち尽くしていた。




(‥さみぃ‥‥!)
ポケットに手を突っ込んだまま土方は小刻みに震えている。
小雪の舞う冷えきった空の下、こうして何時間経ったろうか。もう熱い缶コーヒーを一本やそこら飲んだところでちっとも暖まりはしない。
「副長!そろそろお時間ですよ。」
「わ‥わかった‥」
うまく口が動かない。
「‥顔色が悪いですけど?ちょっと休憩されますか?」
この極寒地獄の後は城での年賀行事に出席しなければならない。もちろん今だ入院中の近藤に代わっての事である。
休憩したいのは山々だが後に詰まっている仕事の事を考えれば休んでる暇などは無い。
「いや、いい。このまま直行する。」
「そうですか。じゃ弁当を用意してるんで移動中にでも食ってください。」
すっかり感覚の無くなった足を動かして車へと移動した。

城へと向かう車中で持ってきた書類に目を通していく。手がかじかんでうまく捲れない。イライラする。八つ当たりの様に運転席の椅子を後ろから蹴りつけた。
「ちょっと副長!やめて下さいよ。メシちゃんと食わないからイライラするんですよ?あとマヨネーズの摂り過ぎ‥いてぇっ!?」
今度は直接山崎の頭に一発入れてやった。
「山崎のくせにうるせぇんだよ!
それよか今夜の幕僚会議の資料は集めてあンだろうな?!」
「え?!あ‥は、はい!もちろんです‥‥」
「‥‥‥‥」
(集まって無えな‥)
尻すぼみになっていく山崎の声を聞きながら直感した。
二発目をお見舞いしてやっても良かったのだが、山崎も土方に比例するように忙しくしているのはよく分かっている。
「‥ちゃんと用意しとけよ。」とだけ言って会話を終わらせた。

柄にもなく車に酔ったみたいだ。酷く胸が悪い。
(ああ、書類なんか読んでたせいか‥)
手元から目を離して窓の外の風景を見る。
雪で一様に白く塗られた景色は見ていても眩しいだけで大した回復効果は無かった。
それどころか白銀に光る雪があの男を彷彿とさせる。
「‥‥‥‥‥‥」

会わなければ、仕事に没頭していれば、忘れられると思っていたが全くその逆だった。
今までの妙な関係に自ら終止符を打ったとたん、如何に自分が銀時に心酔していたかを思い知らされてしまったのだ。
仕事が忙しくなればなる程、まるでストレスの捌け口でも探すかのように銀時を想った。
(これで痛み分けだろ‥?)
自嘲的に口元を歪める。

ここしばらく胃にはシクシクと鈍い痛みが続いていた。ろくに食事も摂っていないので、恐らく腹が減りすぎての事だろう。今までも何度かあった。
山崎が用意した弁当にチラッと目を遣るが、車酔いしている今、それを食するのはあまりに無謀である。

(はぁぁ‥‥)
音にならない溜め息をついて、また視線を窓の外に向ける。

そして、流れる真っ白な雪景色に人知れず銀時を想った。
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