〇一陣の風[完結長編]

□如月
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雪こそ降ってはいないが体感温度でいえば一年のうちで最も冷え込んでいるように感じる。街の人々も用事がない限りは出来るだけ外出を控えているようで、表には元気に遊ぶ子供の姿ばかりがよく目立っている。

地獄のような年末年始が過ぎ去り、静かに二月がやってきた‥
筈だった。
しかし正月からこちら杜撰な爆弾テロが相次いでいた。それは犯行グループの計画云々では無く、単に使用される爆弾の質の悪さである。又それらを使用するのは決まって名も知られていない一団であった。

(前にもあったが‥。こうも暴発する火薬を使われちゃ手の打ち様が無えな‥)
土方は報告書をまとめながら頭を悩ませていたが、背中越しの気配に思わず口を開いた。


「テメェ。いつまでそうしている気だ。」

「あー‥これ読み終わるまで?」

自室で書類仕事をしている土方の背後には、銀時が横たわった姿勢で週刊誌を読んでいる。

「いつまで読んでやがる?!もうとっくに終わってる筈だろうが!!」
「俺は一週間かけて読む派だから。何度も読んでるうちに一回目では気づかなかった色んなモノが見えてくるんだよ!」
「ならテメェん家でやれよ?!」

真選組の手伝いを依頼されたのは先月頭の事だったが、銀時はまだ屯所に居座り続けている。
近藤の怪我はかなり快方に向かっていた。全治三ヶ月と医者は言っていたが驚異の回復力でもって、今では軽く松葉杖をつくだけでどこへでも行ける程だ。
それでも銀時がお役御免にならずに済んでいる訳は一番隊の人員不足であった。

「いいのォ?俺にそんな口きいちゃって。銀さんが家に戻って真っ先に困るのテメェらだからな?!」
「その直後にテメェが困んだろが?収入がゼロんなってよ。」
「馬鹿にすんじゃねぇよ?!これでも俺は万事屋家業で従業員二人と犬一匹養ってんだ!零細企業ナメんな!!」
「ならとっとと帰れ!」
「すみませんもう少しこづかい稼がせてください」
「‥ち!今月中には新隊士の募集に武州へ行く。それが終わればその時は本当にお払い箱だからな!?」
言い放ってから土方は再び文机に向かった。へいへい、と軽い返事をして側に置いていた煎餅をかじる。


澄川の屋敷から出てきた土方は倒れて血を吐いた。
あれから事ある毎に銀時が受診を勧めるも土方は先伸ばしにしていた。
(今日こそは連れていくからな‥)
銀時は虎視眈々とその機会を狙っているのだが、なかなか好機が訪れない。

「なぁ土方‥」
「‥‥病院なら行かねぇぞ。」
「まだ何も言ってないんですケドー?」
「じゃあ何だ」
「あ、いや、今日こそは病院に‥」
「思っきり言ってんじゃねぇか!?すぐバレる嘘つくんじゃねぇよ!赤ん坊かテメェは!」
「いやいや、赤ちゃんプレイは趣味じゃないね。俺は。」
「何か俺の趣味みてぇな言い方になってンだけどぉっ?!?」
「兎に角。意地張ってねえで病院に行け!憑いてってやっから。」
「ムダに恐いわ!つか俺は何ともねぇ。」
「お前、喀血しといて何もねぇはないだろ。引いたんだろ?自分でも引いちゃったんだろ?」
「‥引いてねぇし。もう治った。」

(テメェの命が掛かってるっつーのにどこまでも意地っ張りな野郎だな!煮ても焼いても喰えねぇとはこの事だぜ!)

銀時が土方に張り付いているのには理由が二つある。
一つ目は土方の体調に異変があれば殴り倒してでも病院へ連れていく。
そしてもう一つ。
澄川の屋敷へ足を運ぶ事があるならそれを阻止する。
これは銀時のエゴだと分かっているが、これ以上自分を曲げる土方を見たくはない。

「副長!失礼します」
山崎の声がして障子が開く。室内の暖かい空気を押し退けるように冷たい風が進入してきた。
「ジミー!早く閉めろよっ寒い!」
「あれ、旦那。こんな所にいたんですか?巡察の時間だったんじゃ‥」
「このクソ寒いのに当てもなくブラブラできっかよ!俺はマゾっ気は無ぇんだよ!そんな仕事はお前らに譲ってやるから精々楽しんできな?」
カタン‥とペンを置く音がして、おぞましいオーラが土方の背中に揺らめいた。
「テメェ‥!ウチに帰りたくねぇってんなら今すぐ土に還してやろうか‥」
傍らの愛刀をひっ掴んで素早く抜くと、それを高々と掲げた。
「そんな事より副長!」
そんな事より、とはどういう了見だ?!と二人共思ったが、とりあえず山崎の次の言葉を待った。
「またテロがありましたよ」
「あ!?ありました、って何だよ!俺は聞いてねぇぞ?!」
「俺もさっき聞いたんですよ。何でも犯行声明を出す前に爆弾が弾けちゃったみたいでして。事故扱いで新宿署が対応を終えたそうです。」
「くっ!また‥か!」
最近はこの様な顛末が目立つ。
下手人を捕らえ、事後処理も済ませた後で漸く土方の耳に入ってくる、というものだ。
確かに人員不足の今としては、つまらない案件に人手を割かなくて済む点において幸運であるのだろうが、ここまで後手に回ってしまうと真選組の顔が立たない。
胃の辺りがじわりと重くなる。

(‥臭えな。ここまでくると悪意を感じる。)
相手は鼻持ちならない新宿署、近藤が襲われた時の情報も未だ開示してこない。
「‥‥‥‥‥‥‥」

土方は隊服の上着を羽織ると刀を腰に差した。
「副長、どちらに行かれるんですか?」
「奉行所に決まってンだろ。こうなりゃ俺が直接乗り込んで一発かましてやる!」
「止めた方がいいと思いますけど‥。礼を言うならいざ知らず、文句を言いにわざわざ出向くなんて逆恨みしてるみた‥イデッッ!!」
「俺が戻るまでに現調あげとけ!」
山崎を踵で蹴っ飛ばして進路を作る。
「俺が憑いてってやろうか?」
「あの世まで行ってこい!つかテメェはとっとと市中見廻りに行きやがれぇ!!」
銀時の読んでいた週刊誌を蹴り飛ばして廊下へ出て行った。
「俺のバイブルになんて事すんだコラァ!!」
「旦那、もう諦めて隊務に戻って下さいね。ほら、副長だってもういない訳なんだし。ここに居たって仕方ないでしょう?」
「ジミーのくせに分かったような口聞くんじゃねぇよっ!」
そう言いはしたものの、気持ちを分かってくれる人間がいるのは何となく心強いものだ。沖田を除いてだが。
「‥しゃあねぇな。ちっとは働くか。土方くんのために。」
頭をボリボリ掻きながら重い腰を上げた。
「‥‥‥‥(さむっ!)」
「おいぃぃ!!お前は敵か味方かどっちなんだよっ!!」
山崎の半笑いとも云えぬ微妙な表情に軽く傷付いてから銀時も極寒の任務を始める為に表へ出た。


「さびぃさびぃっ!!」
「‥オイ。てめぇはあっちだろ!」
銀時は土方の後ろについていた。
「土方くん一人じゃ心配だからよ」
「おめぇに言われたかねぇわっ!!つうかな、奉行所に行くのにテメェみてぇな胡散臭えのがくっついてっとコッチまで怪しまれんだよ!!」
「おーおー、大層なおっしゃり様で。」
尚も銀時は離れようとしない。
「‥‥‥‥‥」

分かっている。
銀時が自分を心配している事は、死んだ魚の目をしていても伝わってくる。
それが疎ましい様な心地良い様な複雑な気持ちにさせていた。

そして今は、後者だ。

「万事屋。」
「ふ、‥ぇっくしゅんっ!!‥あ?なに。」
「帰りに蕎麦でも奢ってやっからさっさと巡回ルートへ戻れ。」
「‥‥‥え‥」
「いいな。」

鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている銀時に満足して、土方は足を早めた。
立ち止まってしまった銀時を残して、黒い後ろ姿はどんどん小さくなっていく。

(‥なんか‥昔みてぇじゃねえ?)
罵り合いながらもどこか互いに求め合っていた、少し以前の二人。

本当に体は何とも無いのではないか、男に凌辱されたというのも銀時の思い込みなのではないか、という気すらするのだ。

「‥よっしゃ!」

気合いを入れ直すと、もう一度だけ愛しい後ろ姿を目に焼き付けてから、土方と反対の道を歩き出した。


銀時がこの時、土方と別の道を歩いた事を後悔するのはそう先の話では無かった。
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