魚塚が通っていた高校は、男子校だった。
毎日の男臭さに、友人達と「彼女が欲しい」と愚痴り合うような、なんの変哲もない男子高校生だった。
そんな魚塚を悲劇が襲ったのは、高校二年の夏だ。
「お前、女みたいだよな」
そう声を掛けてきたのは、隣のクラスの加賀尾(かがお)だった。
一緒に居た友人達が、一斉に怯えた表情になる。加賀尾は、その性格の暴力性から、周囲から恐れられていた。
世間一般に言う、不良だと、後に魚塚は知る。
突如声を掛けられたものの、魚塚は加賀尾のことは知らなかった。
元々、噂だの周囲のことに疎い性格だったのが、運の尽きだったのかもしれない。
加賀尾の凶暴性を知っていたなら、その時、足を止めてなどいなかったからだ。
「色白いし、細ぇし」
「……なんか用でも?」
そう返せば、加賀尾の鋭い目が細まった。値踏みするように、魚塚の頭からつま先まで動くねっとりとした視線に、不快感が増す。
友人が、僅かに魚塚の制服のシャツを掴んだ。
加賀尾の無遠慮な視線に苛立っていた魚塚は、友人の手が震えていることに、気付くことが出来なかった。
「魚塚っ……!!」
友人が悲鳴じみた声で叫ぶ。
加賀尾が伸ばした腕が、魚塚のシャツの襟を掴んでいた。
咄嗟に身を引こうとした途端に、加賀尾のもう片方の手が魚塚の頬を思い切り殴りつける。
グランと揺れた視界が、砂埃で濁った。
「大人しくしてれば、気持ちよくしてやるからさ」
土の上に倒れこんだ魚塚の腹に、加賀尾は馬乗りになった。
殴られた衝撃でぐらぐらと揺れている意識がはっきりすれば、加賀尾はニヤリと意地の悪い笑みで見下ろしていた。
その笑みに、ゾッとする。
加賀尾を振り下ろそうともがく。このまま殴り殺されるのかと、一瞬で命の危険を感じた。
しかし、腕や足を振り回して抵抗した魚塚を、再度振り下ろされた加賀尾の拳が止めた。
口が切れて、土の上に血が跳ねる。二度殴られた魚塚の意識は半ば朦朧とし、既に体から力は抜けていた。
加賀尾の手が、魚塚の制服の白いシャツを強引に引き裂いて奪う。思い通りに動かぬ体の上を、加賀尾の熱い手が這う様になぞった。
何をされるのか、わからなかった。
ただ、助けてくれ、と見つめた友人達が、じりじりと後ずさっていくことに絶望した。
なんで、逃げてんだよ。
俺、今殺されるかもしれないんだぞ?
一斉に背を向けて駆け出していった友人達を、魚塚は見つめていた。
「─っあ、ぁ、ん」
自分のものとは思えないような甲高い声が喉奥から漏れる。
土の上から強引に引き上げた魚塚を体育館倉庫のマットの上に放った加賀尾は、先程と同じ様に魚塚に馬乗りになっていた。
シャツを引き裂かれて露になった白い胸を、加賀尾の手がゆっくりと滑っている。
ゆるゆると乳輪の形を確かめるように動いている手が、気持ち悪かった。
さすがに、ここまでくれば、次に自分が何をされるのか解ってしまう。
「友達、みんな逃げちまったな」
陽の当たらない薄暗い体育館倉庫の中では、加賀尾の表情は読み取れない。
ただ、その声は、気味が悪いほどに熱を含んで、発情期の猫のように餓えていた。
加賀尾の薄い唇の隙間から見えた真っ赤な舌が、口端を舐め上げて淫靡に濡らす。
ぞくりと体が震えたのは、恐怖からだった。
思い出すのは、首筋を、うなじを、腕を、胸を、腹を、太腿を丹念に舐め上げる生温かくざらついた加賀尾の舌の感触。
決して触れられるはずの無かった尻奥に指を突き入れられては、中を押し広げるようにぐにゃぐにゃと掻き回される。
無理矢理に引き出される痛みと快楽に怯えた。
同性に強姦されているという異常な事態だというのに、体は加賀尾の一挙一動に敏感に反応して、腰を揺らしていたからだ。
悲鳴の様な声で「やめてくれ」と何度も懇願した。
痛みを過ぎると、強すぎる快楽ばかりが襲ってくる。
それが怖かった。ただ泣いて、やめてと願った。
再奥まで突き入れられて、揺さぶられる。
息が止まるような圧迫感に体を強張らせた途端に、何が自分の中に押し入ってきたのかに気付いて泣いた。
淫猥な音を立てているのが、自分の体の一部だと思いたくなかった。
両足を押し広げられて恥部を露にした状態で、そこに挿入されている光景が目に入る。
自分のものなのか、加賀尾のものなのかわからないぬるぬるとした白濁が恥部をぐしゃぐしゃに濡らしていた。暗がりの中で見えたそれが、酷く羞恥を煽る。
赤黒く硬いものが魚塚の敏感な一点を掠めると、体がおかしくなってしまったのかというほどに跳ねた。
すると加賀尾はそこばかりを狙って突き入れる。
意識が遠退いてしまいそうな強烈な快楽は、魚塚の思考をあっという間に麻痺させていた。
壊れた人形のように簡単に体を揺さぶられて、止め処なく喘ぎ声を漏らして涙を流す。
強姦として始まったその行為に、魚塚は翻弄されて、今や抵抗する意志すら微塵も無くなっていた。
そんな魚塚に、加賀尾は満足そうに笑っていた。
魚塚の中に熱く膨れた自身を埋め込んだまま、涙と汗でぐしゃぐしゃの魚塚の顔を両手でそっと包んで、耳元へと口を寄せる。
その僅かな動きに、魚塚の中を抉る様な腰のうねりを加えられると、魚塚はまた悲鳴のような嬌声を上げて首を振った。
「気持ちいいのか?」
低く問う声に泣いた。
嫌なのに、反応する自分の体も、魚塚を女性の代わりにしているように優しく触れる加賀尾の手も、背を向けて逃げ出した友人達も、すべてが絶望に直結して、頭が真っ白になる。
体育館倉庫の、埃臭さ。
口から滴る血の、鉄臭い味。
弛緩して動かない体。
その中心に激しく挿入を繰り返される。
耳に届く五月蝿い蝉の鳴き声。
そこに加わる淫靡な水音。
加賀尾の、甘すぎる香水と汗の混じった匂い。
すべて、魚塚を絶望させる、最悪の経験だった。
それからの学生生活は、魚塚を他人から遠ざける原因になるほどの酷さだった。
友人達は、身体中に蒼や朱の痣を作って登校した魚塚を一瞥し、そして背を向けた。
そこに魚塚は居ないとでも言うように、誰も魚塚を見ない。
それにショックを受けているのも、束の間だった。
魚塚を見る、クラス中の視線が、白い。どこか遠ざけるような、窺う様な、恐る恐るといったその視線に、ぞくぞくと嫌な予感が背中を這っていく。
魚塚が、加賀尾に強姦されたことは、次の日の朝には全校中に知られていた。
教員すら恐れる加賀尾に目をつけられた魚塚に、誰も近寄らない。
親友だと思っていた友人達すら、加賀尾を恐れて、魚塚に一歩も近寄ることをしなかった。
そんなものなのか、と冷めた気持ちで彼らを見ていた。
痛みはあった。
裏切られた、捨てられた、そんな絶望が波のように何度も襲ってくる。
しかし、それもすぐに感じなくなった。
加賀尾は、その後も暴力で魚塚を押さえつけて、激しく、それでいて優しく抱いた。
どうせなら最後まで痛みだけで終わらせてくれればいいのに、加賀尾は魚塚が快楽に溺れるまで待つ。
加賀尾が魚塚に執着しているのは、周知の事実だった。
だからこそ、誰も魚塚には近寄らない。
何をすれば加賀尾の逆鱗に触れるのか解らない以上、誰もが、魚塚に触れないのが身を守る最善の策だと知っていたから。
男に抱かれる魚塚を、冷たい目が見る。誰も助けてはくれない。親友すら、すぐに裏切った。
一度、同情して声を掛けてきた生徒が居た。
次の日、彼が重傷で入院したことを知った。帰り道、柄の悪い奴らに暴行されたのだという。
それが加賀尾の仕業だと気付かない人間は居なかった。
それ以降、魚塚も、自分から誰かに近寄ることは無くなった。完全に一人になった魚塚を、加賀尾は変わらず抱く。愛しげに愛撫する手に吐き気がせり上がった。
誰も、俺を助けてはくれない。