捧 / 貰

□そうじゃなくて、おかえり
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ある日の午後2時。
ついに、やってしまった


「・・・侮りすぎたか」

ぽつりと溢したセリフは誰に拾われるでもなくただっぴろいマンションの一室に消えてなくなる。
昨夜飲みすぎたせいか二日酔いでガンガンと脈打つ頭を押さえつけながらシンと静まり返った室内をグルリともう一度見渡した。
・・・人一人いなくなるだけでこんなにも寂しいものなのか。
思い知らされるのはその存在感。
小さくて幼くて、何もしゃべらないくせしてきちんとアイツはここにいた。ぽっかり消えうせた穴を埋めるのはアイツ。
―どうせ、すぐ帰ってくるさ。

床一面に散らかったトランプを踏みつけ、一人台所でコップに汲んだ水を飲み干した。



たかが子供。されど、子供


時は巻き戻ること約10時間以上。





「ほらほら、どっちにすんだぁ?」

火照る頬を緩めながら机をはさんだ向こう側にいるレッドに二枚のカードを裏にして見せ付ける。
少し、飲みすぎたかもしれない。だって、どうしようもないほどに気分がいいんだ。

眉間にしわを寄せてカードを見つめるレッドの表情を十分に視界に収めながら酒の入ったコップを傾け喉を通す。
炭酸が口内を刺激し、そして身体は火照る。犯罪者だって、たまにはこうゆう日もありだろ?


「右」

硬く閉ざしていた口を開き、漸く発した言葉は一言だけ。
その目は既にカードから俺の目へ移されていた。

「右?」

一瞬だけ左のカードに視線を向け、そしてすぐにレッドと目を合わせる。
少しばかりレッドの瞳の色が変わったのはけして見間違いじゃないはずだ。
なんたってもう5回はやってる。最後に勝つのは決まってこの俺で。
無表情の奥に隠された苛立ちが伝わってきて気分がいい。喉で笑う。なんだ、とても気持ちがいい。


「・・・」

無言で伸ばされた腕が向かったのは、左のカードだった。


「・・・。」

「残念。次は俺の番な」

レッドは引いたばかりのカードを見つめ一瞬だけ眉を寄せると両腕を後ろへ回し2枚のカードを切る。
漸く前に出された、裏にされたカード。
プラスチック製のそれは傷なんてもの一つもついていない。2枚のカードに視線を滑らし、そしてレッドの瞳へ移した。

「そうだな、右か?」

「・・・さあ」

ずうと仏頂面だったレッドの表情が漸く少しだけやわらかく・・・否、挑発するように口元に笑みを乗せた。

「いつの間にそんな顔するようになったんだか」

口の中で呟く。
レッドの表情を興味なく見つめ適当に腕を伸ばしてカードをレッドの手から抜き取った。

「ぁ、」

「ん?」

まさか。
まさかこんなにあっさり引いてしまうとは思っていなかったようで。
先ほどまでの確かな余裕の笑みがどこへ消えうせ代わりとばかりにレッドは驚きに目を見開いていた。

「あ、よっしゃ。あっがり」

「・・・もう寝る」

「え?もう寝るのかよ?つれねえな、お兄さんに酒でも注いでくれたっていいんじゃ・・・」

苛立たしげに持っていた残り一枚のカード―ジョーカーを机の上に投げ捨て、
さっさと寝室へ向かってしまったレッドへ声をかけるも、結局は最後まで言い切ることもままならないままにレッドはリビングから姿を消してしまった。
なんだよ、アイツは何をそんなにおこってんだ?
上機嫌に残り少ないビールを喉に通し、一枚だけ残ったジョーカをただ見つめる。
ジョーカーは不気味にその口元に笑みを乗せ笑っている。いい笑顔だ。自然と上がっていく口角に重たくなってきた目を閉じる。
あいつも少しは笑えばかわいくなるのにな。
そして、それを最後にプッツリと俺の意識は途絶えた。


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