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□優しいひとびと
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絶え間ない閃光がわたしの目を焼き続ける。わたしは思わず目を細めた。そして走馬灯がけたたましく煌めきだす、喧騒と共に。ジュンサーさんや、警察官がわたしをぐるりと囲んで何やら叫んでいた。その騒音が混ざりあい、わたしの耳の中でせめぎあう。
なぜわたしに彼らの言葉を聞き分けることができたろう?わたしにとって本当の意味で通じあえたのはアカギさんだけだったというに。

わたしは所謂トリッパーであったが、如何せん、わたしにとっての3次元として同等に存在するポケモンはモンスター以外の何物でもなかった。突如として目の前に現れたポケモンに、省みれば、わたしは発狂寸前であった。いや。発狂していたのかもしれない。まともな記憶など、あの頃のわたしの証明など、わたしは持ち合わせていないのだから。昏昏として表せないのだから。
警察に申し出ても、身分証明に足りるものなど持ち合わせていない。ポケモンという常識さえ知らない。出身地でさえ実在しない。彼らは紳士然と聴取を行ってくれたが、言うことは得てして変わらなかった。

「では、何か分かりましたらご連絡致します」

滑稽な言葉を浴びる度にわたしは違和感を募らせた。慇懃に対応こそしてくれども彼らはわたしの話など聞いていなかったのだ。わたしに連絡先などないのだと、彼らは調書を認めながらその傍から忘れていっていた。
わたしは異常者だ。
だから聞く耳を持つ必要はない。彼らから見たわたしは、何らかの衝撃で精神と知性が瓦解した避けるべき対象であったに違いない。そんなものが発する言葉が、聞くに値する価値があったろうか。いや聞く義務すら放棄していたのだろう。連絡先を、と宣うことこそ証拠である。
時には保護、と言われ施設に入れられそうにもなった。そうなる度に、居づらくなる度に、わたしは決死の思いで化け物が蔓延る草むらや人の目を掻い潜り次の町へと逃げた。


転々と所在を変えていくなかで、出会ったのがアカギさんだ。
彼は最初、わたしを見ると信じられないように、その目を開いた。風雨に曝され、さんざん逃げ惑った身体は枯れ木のようにみすぼらしかったのだ。彼はわたしに、温かい食事と衣服と場所と、なにより、心を分けてくれた。
温かなスープにほだされ、口をすらすらと滑らすわたしを、アカギさんは終始聞いてくれていた。瞳に落ちる思慮深げな影と、憂いを纏った雰囲気がそうさせたのかもしれない。とにかくアカギさんは最後まで真摯に真剣に聞き入ってくれた。


「…そうか。辛かっただろう、だが此処は光に当たれない人間には住み良い環境だ。好きなだけいなさい」


ぎこちなく背中に腕を回され、わたしは初めて年甲斐もなく涙を流した。トリップしてから初めての安らぎと涙だった。アカギさんは決して冷酷な人ではなかったのだ。
ギンガ団という組織は決して誉められたものではなかったが。組織下の人々も、アカギさんも、とても優しい人だった。何よりアカギさんはわたしの全てに於いて理解を示してくれたのだ。わたしの言葉を解し、意図を汲み取り、情を推し測ってくれた。

他者から見れば、アカギさんは冷酷で非道で恐るべき人物であるだろう。だがわたしにすれば、思慮深く、不器用な優しさをもった、知性の塊の人である。


「アカギさんは何をそんなに知りたいんですか?」
「私はポケモンの進化について、原初を知りたいのだよ」
「げん…始まり、ですか?」
「そうだな」


眠れない夜の日、わたしがせがめばアカギさんは必ず傍にいてくれた。手を繋いでくれと言えば繋いでくれたし、なにか話してくれと言えば、彼の豊富な知識を遺憾なく感じれる話題を提供してくれた。
中でも難しそうな学術書を捲りながらの時は、アカギさんはわたしにも多くのことを教えてくれた。特に彼は自分の動力源たる知識欲のこととなると、絵物語を聞かせるように饒舌なのだ。

本を片手に、わたしに語りかけるアカギさんの顔は、希望に満ちた少年のようでさえあった。


「進化とは、どういう意味か。分かるか?」
「……て、適応、ですか?」
「そうだ。適応のためには退化も進化の一部となる。進化は長い時間をかけて変化するものだが、ポケモンは―――寝たか…」


殆どが全容を聞かずに眠りに陥ったが、彼は怒ることなどしなかった。
やれやれ、と。
呆れながらわたしの頭をぎこちなく撫でるのだ。控えめなその手が好きだった。眠りの浅瀬に流されながら、その声を聞き、無骨な手指が撫でてくるのが無性に好きだった。

だから理解できなかったのだ。アカギさんがなぜ犯罪組織を立ち上げてまで研究に没頭しているということを。
なぜ、賢く、聡明で、思慮深いうえ、優しささえ兼ね備えているアカギさんが世間では駆除すべき対象なのかわたしには不思議でならない。わたしはこの世界の世間から駆除すべき存在であった。駆除され続けてきた。アカギさんに匿われたことで救われた異常者だ。

アカギさんはどうだろうか。

盲信である――と、第三者はわたしをそう評するかもしれない。だがアカギさんは確かに優秀であったし、機知も弁舌も長けていた。理路整然となされる言葉の羅列は乱れることなく耳に届いた。
わたしはこの世界の外側からやってきた。無知で、まともであったと言えないで、言動は不信感を煽るものでしかなかった。ちぐはぐで荒唐無稽で、何の物証も論拠もない。
アカギさんはどうだ。比べるまでもなく全てにおいて違っている。それなのにわたしと同じ立場に追いたてられている。否。敢えて言うなら過去形で言うべきか、いた、と。もう傍に居ないのだ。この目の届く位置に、腕が伸びる範囲に、声の響く距離に、心が温もる場所に、アカギさんはもういない。駆除された。


「アカギさん………!」


目頭が燃えるような涙を溢す。アカギさんは駆除された。大きな道から外れて、規律に反していたからと言われて、耳も傾けられることなく消し去られたのだ。
同じ世界の同じ国の奴らから、異質の判を押されたのだ。異質だから、話も聞かれずに。アカギさんは、わたしのように世間の枠から外れてしまった。だからといって、アカギさんはわたしと同じな訳がないのに、アカギさんは、わたしの言葉を聞いてくれた。聞き入れて、受け入れてくれたのだ。
わたしの言葉は彼らには通じなかったし、彼らはその意味を知ろうとも、推察しようともしなかった。アカギさんはわたしを知ろうとしてくれた上、あらゆる点で庇護さえ与えてくれたのだ。

赤と白のボールの開閉スイッチを押す。4枚の翼を広げ、クロバットがわたしの肩に降りる。アカギさんとの唯一の繋がりだ。それを捨てろと誰かしらが言うけれど、どうして聞き入れることが出来たろう。天秤にかける筈もない。
わたしにとって、人間は、アカギさんと、アカギさんに通じるモノ以外にあり得ないのだ。クロバットを見上げる。クロバットはわたしの視線にこくりと頷いた。



「クロバット、」













アカギさんに会いたい。













 

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