□3X編

□花も嵐も――
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 雲一つない空。

 けれど、霞む視界。

 その霞を振り切るかのように、吹き抜ける一陣の風。

 私たちは公園にいた。

 青山さんと行った午前のパトロール中に出遭ってしまった。

 互いに間合いを取り、睨みつける。

 長い沈黙。
 積めない距離。

 膠着状態の中、しびれを切らし、口火を切ったのは――ジュテームだった。

「これで終わりです。青虫ハートブ……ヘ、クシュッッ!!!!」
「………」

 何とも間抜けな出来事に、緊迫した空気が一気に崩れた。

「ぶへくしゅ!!はぁうん……ズズビー!!ヘクシュ!!…はぅ…」


 止まらないくしゃみ。
 垂れる鼻――水。


「青山さん…これって…」
「…あぁ。多分そうだろうな」

 痒そうにしばしばと目を瞑るジュテーム。

 変態も掛かるんだ――。

「ジュテーム、もしかして花粉症……なの?」
「ズビビビィィーー!!プンッッッ!!!……あぁん」

 どこから出したのか、箱ティッシュを脇に抱えて、ジュテームは鼻をかむ。

「えぇ。花粉がこの美貌にまとわり付いて困っているのです。ブシュッ!!!…ぁん」

 何んだか、やる気なくすな。

「薬、飲んでる?」
「もちろんです。しかし、全く効く気配がありません。吸血鬼だからでしょうか……」
「さ、さあ…?」
「冷たいですねぇ。マドモ…ぶぁっくしゅ!!はぅん…」

 チラリと青山さんの方を見ると、呆れ果ててため息をついていた。

「薬、合ってないみたいだね。病院に行けば?」
「行きたいのは山々なのですが、何せ私は吸血鬼ですから」
「あぁ…」
「保険証がありません」
「そっち!?」

 妙に律儀なジュテームに思わずツッコミを入れる。

 心配すべきは保険証より、診察しか際に吸血鬼だとバレることだと思うんだけど。

「ブシュッ!!はぅ…ぶぁっくしゅ…あは、ん……」
「……ツラそうだね」

 別に同情する必要はないと思う。思うんだけど……鼻の下を真っ赤に荒らしているジュテームを見ていると、なんだか気の毒に思えてきて。

「あ、あの…青山さん…」
「なんだ」
「ジュテームの…」
「断る」

 あぁ、やっぱり。

 と言うか、それだけでわかったんですね。
 私が言おうとしたことが。

「…でも、つらそうですよ」
「……」
「青山さんなら、吸血鬼だとわかった上で、診察……できますよね?」
「……」
「ぶぁっくしゅ!!!あんっ…」
「ほら、青山さん。診察しないとあの気持ち悪い声、ずっと聞かされますよ?」
「はぁぅん…あぁ…」
「…それは困る」
「じゃ、誰が診るの?君でしょ!」
「……」
「いつ診るの?今でしょ!!」
「…はぁ」

 青山さんは両肩をがっくりと落とし、そこで待っておくようにと言い残し、足早に歩いていった。

 私はジュテームの下まで歩み寄った。

「ジュテーム。よかったね。青山さんが診てくれるって」
「あの青虫がこの私を…とうとう殿方までも魅了する域に達したのですね」
「うん、ジュテーム。違うから」
「はぅ…マドモアゼルはつれないですね」


 そして、しばらくベンチで座っていると、ドクターズバッグを片手に青山さんが戻ってきた。

 バッグを置き、サッと白衣を纏う。

「顔を上げろ」

 形のよい鼻に器具をそっと当てて、グイッと鼻を広げる。

「い、いだいでずよ!!青虫゛!!」
「黙れ。診察中だ」

 青山さん…目が…。

 次に吸引機を出した青山さんは、それをジュテームの鼻に突っ込んだ。

 ズボボボボボーーーッ!!!!!!!

 勢いよく取れる鼻水。

「無理です!それ以上、入りません!」
「我慢しろ!すぐに慣れる」
「はぅ…確かに…これがむしろ快感に…もっと…」
「黙れ!」

 グイッ!!

「ぎゃぁ!乱暴ですよ!もっと馴染ませてから優しく挿入し…」
「紛らわしい言い方をするな!!」
「ぎゃぁああ!!!」

 阿鼻叫喚。
 地獄絵図。

 診察はしばらく続いた。


「…ゼェゼェ。これで診察は終わりだ」
「…ハァハァ。初めてなのですから、もっと優しく出来ないものでしょうか…」
「チッ…これが薬だ。朝晩二回きっちり飲むように」

 そう告げると青山さんは、ペットボトルを差し出した。

「これは何のまねですか?」
「今、朝の分として飲むんだ」
「ハートブルー…」

 受け取ったジュテームは青山さんの珍しい行動に目を白黒させながらも、素直に飲んだ。

「今日はこれで失礼いたしましょう……感謝しますよ。ハートブルー」

 そう告げるとジュテームは霧となり消えた。

 嵐は去った。

 しばらく経った後、青山さんはぽつりと呟いた。

「これで一ヶ月は静かだろう」
「えっ?どうしてですか?」
「処方を変えた。しばらくは眠くて活動できないだろう」
「……」

 私たちは黙って、空を見上げた。


【花も嵐も――】

END

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