□青山玲士編

□鈍感な二人
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窓際で一人唸る女がいる。何か本を広げて、それを凝視している。そして時々首を傾げては、止まり…また唸る。

○○は一体なにをしているんだ?

「どうかしたのか?」

俺は午後の休憩を取りに食堂へ来ていた。紅茶を片手に、悩む○○の傍へ近づいた。

これは…

「赤本か…?そんなものを読んで何をしている?」
「あっ、青山さん。それが…」

○○は涙目で俺を見て、事情を説明した――。


「要するに、友達から弟の家庭教師をしてほしいと頼まれて、断りきれずに受けてしまった。これであっているな?」
「はい。手短に言うとそう言うことです。」
「…それで問題は理解できたのか?」
「いえ、さっぱり。」
「全く、君は…。受験生に取って大切な時間を溝に捨てさせるつもりか?出来ないのなら、受けてきてはいけないだろう。」
「はい。でも、何度も断ったんです。わからないからって…。それでもいいから来てほしいって。」
「受ける○○も○○だが、頼む方も頼む方だな。本を見せてみろ。それでどこがわからないんだ?」
「ええっと…平たく言うと、ほぼ全部…です。わかったところを上げた方が早いです。」
「………」

俺は呆れてものが言えなかったが、赤本に記してある大学名を見て納得した。そこには難関大学の名前があった。

「何を考えているんだ…、全く。それで友達の家に行くのはいつなんだ?」
「今週末です。」
「後二日か…。たぶんこのままだと週末には今の仕事は目処が付く。俺が代わりに行ってくる。それでいいな?」
「いいんですか?…正直、全く自信がなかったので助かります。…よかったぁ。」

○○はホッとしたのか肩の力がストンと抜けた。

「本当によかった…。持つべきものは頭脳派の彼氏ですね。」と呑気な会話をしている。なんなんだ、この切り替えの早さは…。

「○○、今回の反省点は見いだせているか?」
「…はい。猛反してます。」
「それならいい。それと…」
「んっ?」
「俺は不必要な用事が出来たんだ。終わったら、きっちり返礼をしてもらうから、そのつもりで。」
「返礼、ですか…。なんだか怖いです…。」
「出来ないことを言うつもりはない。○○が出来ることで構わない。」
「出来ること…ですか?考えておきます。」

その返事を聞きながら俺は問題を読んでいく。

「この程度なら問題ないな。」
「この程度…ですか。はぁ。もっと勉強しておけばよかったな。」
「今さらだが、今からでも遅くはない。」
「…それはそうなんですが、もう頭が働かなくて。ダメですね、これじゃあ。学生時代に行けるなら、ちゃんと勉強するように言ってあげたい。」
「過ぎたこと言っても仕方がない。今からでもする気があるかどうかの問題だろう?」

そう言って俺は○○を見て、ふと思った。

「可愛かったんだろうな、○○の学生時代は。」

俺が漏らした言葉に○○の顔は赤くなる。

「どうした?」
「いえ、青山さんらしくない発言だったので。私の学生時代は普通ですよ。クラブ活動をして、帰りに友達と軽く何か食べたり…みんなで遊んだり。懐かしいなぁ。」
「俺とは全く違う学生時代だったんだろうな。俺は勉強と水泳に明け暮れた学生時代だった。」
「彼女は?」
「いなかった…興味がなかったし、そういう機会もなかったからな。」
「ふ〜ん。気付いてないだけじゃないですか?青山さん、鈍感ですから。」
「…失敬だな、君は。○○にだけは言われたくない。」
「えぇー!?私も青山さんにだけは言われたくないです。彼女が言うんだから間違いありません!青山さんの方が鈍感です!!」
「そのまま返そう。恋人である俺が言うのだから間違いないだろう。○○の方が鈍感だ。」
「もう!!」

俺たちはしばし笑いあった。

「では、俺は仕事に戻る。家庭教師の件だが、二人も行ってはあちらも迷惑になるだろうから、俺一人で行ってくる。後で行き先の住所、もしくは地図をくれ。」
「はい。よろしくお願いします。」

○○は恭しく頭を下げた。
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