天泣の調べ

□あくまで勇者です
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 ラネール砂漠は最後に。
そう、ファイから釘を刺されたこともあり火山で受けた蒸気を体温的にも視界色彩の色みからも冷ますのに丁度良いフィローネの森へと来たのだが…勝手知ったる憩いの場が思わぬ変化を起こしていた。

「まさか、森が水没してるなんて思わなかったよ!有難い!」
 大樹の中腹まで青く透き通った清らかな水の下へ埋められてしまったリンクの部屋は魔力の結界によって守られ事なきを得た。
同様に衣裳部屋も津波に流されずに無事である。
汗を含み更に水浸しになった服を脱ぎ変え、水龍の鱗を片手に部屋を出て中腹まで上がると枝の先まで走り出し勢いよく加速をつけアクアリウムの世界へと飛び込む。
 フロリア湖から溢れ出た浅緑色で染め上げた糸のような水草と透き通った天青の水が織り成す幽玄な空間に、天から降り注ぐ金色の光が差し込み泡沫が音を奏でては消えていく。
水中世界は外気と異なる別世界の夢想を繰り広げフィローネの森とは思えない幻想郷をリンクの瞳に映し出す。
まるで世界と同化してしまいそうな彼をなだめるように、繋ぎ留めるかのような声でファイは語り掛ける。
水中から顔を出した時に声は発する。
【マスターリンク。フィローネの森が何故水没してしまったのか、元凶を探る事を推奨します。】
「元凶かぁ。ふと思ったんだけど、この水……水龍フィローネの気配がするんだ。だから、水龍の所まで行こう。」
 水を掬うような動作を見せ水流に含まれる気を感じ取ったリンクに聞き返すファイ。
【マスターは魔力感知が可能でしたか?】
表情こそは変わらないが声があまりにも慌てる彼女に首を傾げつつも答える。
「だって、僕は魔族として育てられたんだよ。魔王様やギラヒムから使い方を教えて貰って、合格点まで貰ったんだよ。…って言ってもギラヒムみたいに使いこなせないけどね。」
 勇者として。では無く、魔族として育てられたのなら魔力に関して指導されていたとしても何ら可笑しくは無く。
リンクの経緯を振り返れば納得してしまう。……そう、彼はハイリア人として過ごした過去よりも魔族として過ごし日々を生きる、今の時間が断然長い。
大地で育てると決めた魔王と彼に従う魔族長が教育の一貫として知恵を、実践を訓練していたとしてしても不思議ではない。
「にしてもさ。水龍ってこんなことも平気で出来るんだね。理由は後で聞くけど、森を1つ。水没させるなんて…どっちが悪なのかわからないや。」
 冷たい目で笑う彼の視線の先に大樹の頂上付近にまで避難しているキュイ族が悲しそうな表情で湖を見つめている。
キュイ族が無事であることを確認してから水の中へ水を沈めて行くリンクの言葉をファイは否定も肯定も出来ずに彼の後を追う。
自分の中で言葉を繰り返す程に痛感してしまうような感覚に蝕まれる。
己はまだ染まり切れていないのだと。

…ファイもまだまだ、という事でしょう。

まるで彼女の呟きを間近で聞いて居たかのような、声が届いたのかリンクは突如泳ぐのをやめ背負っているマスターソードを引き抜く。
息継ぎの問題と水龍の部下が何処に居るのか分からない水中で聞かれると勇者として行動しずらくなってしまう事への配慮か、音を出さず唇だけを動かし話す。ゆっくり口を動かすリンクにファイは読唇術で読み解く。
「"ファイの事だから変に考えてそうだけど、僕が無理矢理魔族側に引き込んだから無理して考えを捻じ曲げようとしちゃ駄目だよ。ファイがファイらしく無くなっちゃう。"」
水面の影響なのか、揺れ動くリンクの瞳は心配の色を翳らせている。
ファイの感傷に気付き不安そうな表情で彼女が宿るマスターソードを見つめる主に体内を占めていた悩みが霧散していく。主の不安を少しでも拭えるよう願いを込め、ファイは答える。
【"心配をお掛けして申し訳有りません、マイマスター。ファイはファイらしく…魔族側には今だ些かの抵抗は有りますがマスターを支えられるよう務めて行きます。"】
「"無理したら怒るからね?"」
大きく頷く彼女に満足し一度水面へ顔を出し息を整え再び水龍の元へ泳ぎ出す。
縦横無尽に重力を感じさせぬ軽やかさで、しなやかな泳ぎは宙を舞う踊り子の如く。
水の中で弾け飛んだ音玉をタイミング良く掴めばキュイ族から拍手が上がり、勇者の謳の一章律を集め最後に奏でれば拍手喝采のアクアショーへとなっていた。
無事に謳を集め水龍と答え合わせも終われば森を沈めていた水を引き、あるべき姿へと日常を取り戻すフィローネの森。
水に浸っていたとは考えられない程、異変の無い巨大樹の枝に腰を下ろし茜色に包まれて行く森を眺め一日を振り返る。
「びっくりしたよね。水龍が森を水没させた理由が"モンスターを洗い流す為"だけにした事なんだよね。有り得ないと思わない?」
【イエス、マイマスター。しかし、アレ程の水量を操り保ち引かせた水龍フィローネを甘く見てはいけません。】
雄大な森を沈めるだけの力を持っているというのは、大地を治める三龍の一人だからこそであるとは分かっている。
ただ。女神が女神なら、それに従う精霊も精霊だ。魔剣の彼が使う言葉を借りるとすれば…きっとこう言うに違いない。

"本当に身勝手"だと。

「モンスターを煩わしく思うのは、しょうがないよ?自分の領地だし。でも、モンスターを押し流す為とは言えどキュイ族を困らせるのは……ねぇ」
リンクの蒼い瞳が宵闇に染まるように、真夜中に見上げる青空へと冷たく光る。
彼の数少ない心の逆鱗に触れたのだろう。全てを凍てつくようなシベリアの風の中、燃える炎は蒼から紅へと刹那に片鱗を深淵から覗かせた。
傍にいるファイですら呼吸を必要としない体が息を飲み込んで仕舞いそうな錯覚に陥る。
………女神達は少なからずリンクの地雷を踏み抜いたのだろう。次にソレが現れるとすれば、魔王復活の時か。はたまた聖剣(ファイ)か魔族(ギラヒム)のどちらかに危害を加える時。
蒼から紅へ、白から黒、聖剣と魔剣を携え勇者から魔族へと代わる刻。
彼の内に眠る魔が目覚めるのは言うまでも無さそうで。今は、その時では無い。


今は、あくまでも"女神"の勇者なのだから。


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