天泣の調べ

□拒絶する蒼き花
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【此処にトライフォースが封印されていると断言します。】
 塔を渡り女神像の中に隠された空間はフィローネ・オルディン・ラネールの大地を模した内装が広がり、行く手を阻むような高度技術で組み込まれ道なりに進ませない…そうルービックキューブの如き構造をしていた。欺瞞を重ね包み隠された術式を解き、散り散りに分かれ封印されていた「勇気」「知恵」「力」のトライフォースを呼び覚まし右手に宿していく。
 また1つ。また1つ。印を構成しピースを集め廊下を蹴る力は強まり自然と鼓動も早まる。
 魔王復活の時が近付き、女神が死す刻が迫るのだと高鳴る心の音を宙に浮く最後の一欠片を手にした途端、言葉に表せない感情の波が押し寄せ聖三角形の輝く光が視界を鮮明に照らす。
【おめでとうございます、マスターリンク。トライフォースは完全なる姿を取り戻し、マスターを主として宿り主として認めたようです。】
 ファイが言祝ぐ祝福の言葉にトライフォースを手にした感触と重みが湧き上がる。
「これで…このトライフォースがあれば魔王様を助ける事も出来るし、ギラヒムやファイ…皆一緒に大地で暮らせるようになるんだ!」
 魔王が封印されてから歩みが狂い始め、今までと異なる生活を送って来た中で新たな出会いもあったが同時に女神との縁が増え3つの大地と1つの島に振り回される日々。「勇者」という首輪の付いた鎖に動きを制限され、思いのままに動けず会えず…サイレンの度に声を上げ泣く事も許されなかった枷を壊しても良いのだと喜びが抑えられない。喜びを抱き締めれば代わりに涙が流れる。
「−帰ろう、ファイ。大地でギラヒムが待ってる。」
 涙ぐむ目頭を袖で荒く拭い赤くなる事も気にせずファイが浮かぶ向きへ体を動かし頭に付けた花飾りを揺らし歩き出した……その時だった。微かに床が揺れ始め左右に大きく振動する。何処かで崩れ落ちた音に頭上からの砂埃が舞う。
【マスターに警告。…これは女神像が崩壊する直前の予備振動と推測されます。大変危険であると考えられますので、急いで避難する事を推奨します。】
「…ファイ、これって本当に崩壊なの?何か、何かが違うようでならないんだけど。」
 所々崩れ落ちてはいるが床に亀裂が入る事も無く、念の為に女神像の掌まで避難をして来たのだが塔が破壊されて行く兆しが一向に見られない。上下に大きく揺れるだけの異常現象に、何かが可怪しいと周囲を見渡そうとした。その動作を拒むように脳を揺らさんと大きく振動した瞬間、名状しがたき嫌悪感と共に肌を撫でる浮遊感が訪れれば嫌でも判らされる。

 ……そう、《崩壊》では無く《落下》。

「まさか、島から離れるように落ちる?もう、ロフトバードを呼ぶにしても危ないし…。」
 不愉快な感覚に耐えようと姿勢を低くし少しでも粟立つ肌を抑えんと己の身を繋ぎ止める為、魔剣を床に突き刺す。視界を狭めるしか無いリンクの代わりにファイが高い位置より女神像の状態と落下地点を計測していると彼女は息を飲み、気づいてしまう。今から告げる言葉を言わねばならない己の立場に機能は無くとも吐き気を感じさせる険悪な状況下と主を思う痛みが感情を隠せない。
【…報告します。女神像はスカイロフトと繋がっていた土地を切り離し、落下準備へと移行し実行中と考えられます。そして、この女神像と空の塔は丁度「封印の地」上空に配置されており像の下部…空の塔の形状が螺旋状となっています。】
「封印の地がある上空…螺旋状?待って、ねぇ…それってまさか」
【封印の地に刻まれた螺旋と女神像の螺旋が一致。この事から導き出される答えは】
「やだッ…聞きたくない!」

《女神ハイリアは封印されていたトライフォースが勇者の手に宿りし時、魔王を完全に消し去るよう女神像へ術式を施していたと断言できます。》

 酷く冷たい残酷な言葉はリンクの思考を白く染め上げた。無慈悲なる手は彼の目を覆うように意識を刈り取ると落下速度を加速させる。魔剣から手を離しかけるリンクを支えるように寄り添い、自分の対へ思念波を送り助けを求めるファイ。
 この異常事態に気づき、直ぐに来るであろうと予測しながらも彼女は冷徹に今を見つめる。
 人間を滅しながらもリンクを育てた魔王と、育ての親を殺すような術式を組んだ女神。はてして、どちらが本当の《悪》で《邪》なのか。聖剣の精霊でしか無い彼女には分からない。

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 認めたくは無いが己の対に当たる聖剣に呼ばれ終焉の者が封印されている地を訪れたギラヒムは憤怒を舌打ちに代え、天空より降臨して来たであろう女神の掌まで登った。そこには突き刺さる分身の魔剣の傍に倒れ主が落ちぬよう支え覆い被さっていたであろう聖剣と、彼女に護られた愛し子は蒼白な顔色で碧天を写す瞳は閉ざされ銀白色に鈍り光り落ちる雫は天を仰ぎ瞼から筋を引いて、はらはらと零れ落ち続ける。
「ーッ、リンクは無事なんだろうな?聖剣。」
【気を失っているだけですが…。】
 意識の無いまま光の糸を曳きながら涙を流し続けるリンクの姿は今の状況を表しているようで、怒りが言葉を飲み込む。しかし、いつまでも冷たい女神の掌に横たわらせる訳にも行かない。ギラヒムは優しくリンクの涙を拭うと宝石を扱うように彼を抱き上げた。
 心地良く温かな漂いと鼻腔を擽る香りに落とされた意識を浮かび上がらせ、閉ざしていた瞳を開ける。碧天の瞳が視界に収めたのは大地に居る魔剣の精霊。

「……ギラヒム?あれ、ファイは…」
【ファイは此処に、マイマスター。】
「おはよう、リンク。こんな所で寝ると風邪を引いてしまうよ。」
 ギラヒムの肩越しに浮かぶファイの姿を確認し、安心するように息を吐こうと再び瞳を閉ざしかけた時、何故ギラヒムが此処に居るのかと疑問が湧き出れば意識は一気に覚醒する。
 状況を、女神像が落下したあとの姿を見渡そうとしたリンクの視界を遮ったのはギラヒムの手だった。
「女神も、残酷な事をするよねぇ…。可愛いリンクの手で魔王様を消し去るよう仕向けたんだから。」
「ッアァ……ごめんなさい、僕が!」
「リンクは悪くないよ。悪いのはリンクに《こんな事(魔王封印)》をやらせた、あの《クソアマ(女神)》だ。大方、魔王様にリンクを取られた事による幼稚な腹いせだろう。まぁ…この時代は用済みだ。なんせ、肝心の魔王様が居られない。」
 女神像による物理的封印の方法に嫌悪と殺意を向け、元封印の地を一瞥しリンクを片手で抱き上げたまま歩き始めたギラヒムに首を傾げるリンク。
「…それなら、何処に行くの?だって、魔王様は」
「それは今世。今の時代だ。今が駄目なら…」
【時の扉を使用し過去へ遡り、魔王・終焉の者を復活させる。…そうですね?】
 ファイの言葉を否定しないギラヒムに深漂色に染まったリンクの瞳に光が戻る。未来を変えるなら過去を変えてしまえば良い。因果を切り運命を覆す。これから起きる繁栄から始まる時を奏でる笛は吹かれず、仮面は被られず朽ち果て黄昏は永遠に影が明かず大海原は生まれず大公開は開かれはしない。女神の国は作られず世界樹も育ちはしない。
 可能性を反転させる。

「行こう!魔王様に会いに。」

過去を現在に。今の世を歴史から消し去ってしまえ。







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