背や追えや鬼呻く

□炎纏
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 獄卒に追い掛けられれば、即ち《鬼ごっこ》が発動されルールが適応される。子供は鬼から逃げなければならない。聖邪の子とされるリンクも同様で捕まれば最後引き離されてしまう。それをみすみす許す剣など居ない。ファイを最後尾にしギラヒムがリンクを抱き上げ子供達を急かすように走らせる。走りながらも無限奈落で使用する菱形に輝く魔法陣を使い壁を形成し牽制を行う。
 来た道を戻るように走るのかと思いきや剣の精霊は黒鬼が用意した舞台を使用するつもりなど無いようで、とある1点を見つけギラヒムに抱き上げられている自分の主に伝える。
【マスターリンク。今からファイが示す箇所にスカイウォードを当てて下さい。そうすれば、この回廊から抜け出せる確率86%】
「黒鬼に当てるような動作を見せてから放ってくれるかい?子供達は余裕があれば慌てふためく黒鬼が撮れるよ。」
「「乗った!」」
 体力的に余裕がある章吾と大翔が撮影に名乗りを上げ、葵は2人に写真係と動画班に分かれるよう提案し撮影出来た媒体を悠が編集ネットにアップする。そんな流れが完璧に形成される程に結託した彼等には笑うしか無い。後ろから追い掛けて来る黒鬼に同情しないが、面白そうな企画には協力せねば。黒鬼を虚仮に出来る事は積極的に行おう。
「ドッキリを仕掛けるみたいで、ワクワクするね。」
【黒鬼の嫌われ度が証明されてます。】
「ざぁまない。」
 スカイウォードを溜めやすいよう体勢を変えギラヒムに言われた通り、黒鬼に対し打つけると思わせての右手から左手へ流れるように聖剣を持ち替え正面へと放つ。光の一閃を受けた箇所から亀裂が走り無限回廊の終わりを見せた。
 薄暗い通路から幾分日常に近い色彩を持った廊下へと脱出出来た事を証明するように、黒鬼を撮影していた2人から歓声の声が上がる。無事に悔しがる顔を撮れたのだろう。
 後ろに黒鬼の姿が無い事を目視し一旦逃げ切れたのだと、大翔や悠が座り込み葵も肩で呼吸する。
 子供達の消耗が激しい。状況把握の為、看病に当たろうとギラヒムから降りる動作を見せたリンクを息も絶え絶えながらも悠は止めた。
「リンクさん待って!まだ、降りちゃ駄目だ。」
 周囲を見回す悠の反応に大翔と章吾が身構える。彼のみが持つ霊感は危険察知に優れており、特に獄卒への感知能力の正確さを身を以て知っている。
 裾を握り締め見えざる異形に警戒する彼は恐怖に怯えながらもリンクに迫る危機を伝えようとギラヒムの方を見ながら話す。
「地面に黒い何かが居るような気がして怖いんだ…だからギラヒムさんから降りちゃ駄目だと思う。」
「…影鬼か。全く面倒臭い獄卒だネ。」
 悠の警告を聞きギラヒムにしがみつくリンクだったが、服を勢いよく掴まれたのか後ろに引かれ体勢を崩す。
「ーあ、れ?」
 リンクの背には聖剣が合って獄卒は掴めぬ筈。しかし、影は違う。単なる影には聖剣の聖なる力は帯びない。故に影ならば掴めるのだ。地面に着けば最後。その場に縛られる事を防ぐ為にギラヒムは腕を伸ばしリンクも彼の手を掴もうと伸ばすが影はリンクを包み込むように影を被せ、引きずり込む。聖剣本体は流石に触れなかっただろう…それだけが床に転がる。
【マスター!】
「クッソ!姑息な手でリンクに触れた意味を分からせてやらないと、すまねぇようだなァ!」
 床を叩き潰さん勢いで睨む2人。その殺気溢れる言葉に固唾も飲み込めない。眠たくてしょうがない午後に行われる国語の授業で担任の教師が読み上げていた「逆鱗」の言葉が蘇る。とことん魔族と仲が悪いのだろう。
 そう、葵は感じた。聞くに耐えない舌戦をしたギラヒムの手から奪い去り、触れられないファイの虚を付くように影から襲う。奪い取る手段1つでこれ程迄に嫌がらせを特化した手法を選ぶ辺り、本当に碌でもない男だと。
「影鬼の奴、どうせアイツの所に行くんだろ?だったら早く追い掛け無いと!」
「で、でも影相手に追い掛けるだなんて無理だよぉ!」
 万事休すか。いや、智慧を巡らせ。何処かに糸口はある。影鬼の特徴を思い出せ、アイツが現れる前兆を…。
「…ねぇ、章吾くん。影鬼は貴方の影からよく出てくるでしょ。此方から呼べないかしら?」
「アイツとは影で繋がってる。だから…アイツ等の居場所は大体把握出来るけど但し、条件がある。」
「…言ってご覧。」
「俺と大翔に黒鬼の顔面を殴らせて欲しい。特に、俺は左手で。」
 幾度も黒鬼へ攻撃し、彼が後継者を作る要因となりリンクを攫う理由のなった怪我を作ったのは大翔。確実にダメージを与えられる彼と黒鬼の力を継承する章吾が殴れば充分な威力である。自分達に黒鬼へトドメをさせる程の力は無い。
 だから魔族長と破邪の剣、トライフォースを持つリンクの力が必要なのだ。
「俺からもお願いします!皆が受けて来た分、黒鬼の奴にぶつけたいんです!」
 頭を下げる大翔と対等に交渉しようとする章吾。残りの2人も大翔同様に頭を下げ頼み込む。
【マスターを探す為にダウジングするよりも、ショーゴに道案内させた方が効率が良いとファイは思いますが。】
「たく…しょうがねぇ。温い拳だったら容赦ねぇぞお前ら。時間が惜しい、案内を頼むよ。」
 章吾を先頭に通路を駆け抜ける。影に攫われたとしても、加護を持つ彼を遠くまで連れていける筈もない。


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 木材が軋む音。硬い木々の上に寝かされている事を強制的に閉ざされた暗闇から意識を浮上させ、神経を尖らせる。視覚からの情報よりも先に聴覚が拾い上げる音を警戒し意識が完全に戻っても目を開けずに待つ。少し離れた位置から声が2つ聞こえ、研ぎ澄ます。どちらも聞き覚えのある声。黒鬼と影鬼だ。
 どうやらギラヒムから剥がし落とされ連れて来られてしまったのだとリンクは理解し、外に向けていた意識を内側に向け自身の確認を行う。特に縛られている訳でもなく床に転がされているようで。拘束もしないまま放置されている事に疑問を持ちつつも、背にあった聖剣の感触は無く落とされたようだ。腰に付いているポーチは無事。抵抗手段が無いような最悪の状態は避けられた事が一息着いてしまい、黒鬼がこちらへ来る。
「やぁ、お目覚めかい?聖邪の子。」
 気付かれてしまった。狸寝入りしていると位置的にも蹴りを入れられるかも知れないと体を起こし、身を屈めて見ている黒鬼を見上げる。
 薄暗がりの中での邂逅から蝋燭に火が灯され照らされる部屋で、漸く黒鬼の顔をマジマジと眺めるリンク。確かにギラヒムとは違う綺麗な顔立ちだか章吾達が頷いていた胡散臭さも感じられる。だからと言って自分の好みは、剣の精霊が必須条件でやはり彼が1番だなと思考に浸り、黒鬼の返答をしないで居ると眉間に皺が寄って来た事を認識し口を開く。
「獄卒って人間の好みに合わせて顔立ちを変えられるの?」
「はっ?いや…流石に獄卒も生まれ持った顔になるとは思うけど。今の状況下で聞く事がそれなのかい?」
「気になるじゃん。クロオニ対して、皆言う事バラバラで違うから。」
 何を聞かされたのか非常に気になったが黒鬼は質問を飲み込み、一拍置いてから話し出す。
「捕まったのに随分余裕そうだけど危機感はあるの?君は聖邪の子で、鬼に捕まったら二度と戻れないルールの筈だよ。聖剣も無いっていうのにさ。」
「対抗手段が全て失われた訳じゃ無い。それはクロオニ…貴方が1番分かってるでしょ?現に僕は鬼の手に捕まって無い。魔物と同じで聖なる物には触れない、聖剣は向こうに置き去りでポーチには弓が収納されているから。そして僕にはトライフォースが宿っている。この聖三角のお陰で触れやしないんでしょ?僕が欲しければ、まず触れる所から出直せ!」
 聖なる物の代表格である聖三角をとてもじゃないだろう、触る所か眩い光すら嫌悪を感じる筈た。現状、一定距離を置いてリンクを見下ろしている黒鬼の沈黙は肯定に当たる。まるで裏付けるかのように黒鬼の影から影鬼が声を発する。
《何でそのポーチに聖なる弓が収納されてんだよ!ただえさえ聖三角が有るだけでも空気が痛いってのに。黒鬼様の糧になるんだそ、光栄に思え!》
「嫌だね。この身体は魔王様に捧げ、心はギラヒムにしか明け渡さない。むしろトライフォース出して居ない、この空気すら痛いの?獄卒は大変だね。」
 啀み合う2人を止めたのは黒鬼。
「確かに、聖三角や弓はアイテム扱いで使用出来ない癖に存在自体がウザい難儀な物だよ。でもね、聖邪の子…いやリンク君。1つだけ訂正しようか。」
 聖遺物を触れない獄卒だが、ある条件下なら触れるんだよ。
 触れられないと思われた領域を躊躇無く踏み出し接近してくる黒鬼に、後退するように飛び上がろうと足に力を込めようとしたリンクよりも先に。黒鬼は首を掴んできた。気道を閉めない気遣いは出来るようだが、掴む指の痛みで呻き声が上がる。
「人間の姿であれば君に、こうやって触れるんだよ。分かったかな?」
「フゥッ…ぐぅ、」
「そういう事だから、ちょっと摘み食いさせてね?」
 首筋を掴んだまま引き倒し真正面から床に叩き付けられ受け身を充分に取れぬ体勢により痛みを分散出来ず、呻き声を上げる。首を確認する前に襟首を掴まれ不意に晒された項が粟立つ。

 噛まれる。

 首筋に感じた危機を察知し手で抑えようと動かそうとした。背骨に足がのしかかり、そちらの痛みに気を引かれた刹那。首筋と肩の間、柔らかな肉付きの箇所へ激痛が走る。
「ーいッ、だぁぁあっ!やめ…ッ」
 皮膚を食い破り筋肉の繊維を傷付け引き千切る音。背に流れる液体が衣を汚し暗闇の染みを作り出す。噛み付かれた衝撃で幾つか滴り落ちる血も墨色の影が吸収し床を汚す事は無い。勿体無いと言わんばかりに流れた血を追うように舌を這わせ舐め取った黒鬼はリンクの柔肌から口を離す。
 黒鬼からすれば1口。リンクからすれば痛みを基なう拷問。しかし、たったの一噛みだけで損傷していた箇所が急速に回復していく様を感じ取り感極まる。
「最高ッ!絶望に染まった子供達を食べて来たけど比較成らない。数滴で怪我を半分は治しただけじゃない、味も舌触り全てが完璧!無理矢理引き摺りこんだ甲斐があったよ。」
「こっ、ちは最悪だよ…!ギラヒム以外に舐められた事無いのにッ」
 傷跡が痛むのを堪えポーチから聖なる弓の矢を取り出し、トライフォースが宿る左手で床に突き刺す。弓を通しての射出では無いが破魔の力を宿す矢1本でもリンクの血を嚥下し鬼の本性が現れた黒鬼を退かすには充分な威力を持つ。
 アイテムでは無く武器である破魔の矢であれば予想通り使用でき、刺した地点より半径1メートルの結界を張ることが出来たが問題は強度。弓を介さない矢では接近していた魔を退ける事と弱い結界を張るだけで精一杯だ。黒鬼もその事はよく分かって居るのか近寄っては来ない。
「人間時にポーチを先に取り上げるんだったよ。まぁ、其処で待ってて。君の目の前で子供達を食べてあげるから。」
 子供が絶望すればする程、叩けば叩くだけ美味しくなるように聖邪の子が悲愴を抱き慟哭すれば味は更に高まるだろうと笑う黒鬼。それにはまず鬱陶しい剣の精霊達を足止めさせなければならない。彼等の本体を砕き欠片を見せれば、どんな表情を浮かべるのか。楽しみで堪らないと顔を歪める鬼に奥歯を噛み締めるリンク。
 まだ希望を失った訳では無い。此処で気力を失えば信頼する剣は自分を責め、仕える王の顔に泥を塗る。何よりも、大好きな彼に抱き締めて貰えない…そんな事我慢ならない。勝機を見逃さないように肩の痛みを噛み締めながら、せめてもの抵抗は止めず使用こそは出来ない聖なる弓をポーチから取り出し側に置く。


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