封印された初恋〈カカイル〉

□桜・封印された初恋一章
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空が夜の闇を少し脱ぎ捨て、薄紫色に淡く天を輝かせていた。

三月も半ばになり、昼は暖かな日差しで春らしい穏やかな日が続いていた。
桜の蕾が今にも花開きそうに膨らんで心を弾ませる春を彩っていた。
しかし、夜のとばりが開けようとする朝露の中、まだ冬の名残が残る冷たい風を受け鋭い殺気を放つ青年…… いや少年ともとれる者が霧のなかに立っていた。
銀色の髪に暗部の仮面を付け、細身の身体は鞭のようにしなやかで幼いが…けして側に他人を寄せ付けない鋭い刃物を思わせる殺気と冬将軍のような凍てつく冷気を身にまとい、見る者を震えさせた。

「終了!」

体中に返り血を浴び、掌に握られたクナイからは今切り裂いた血肉がどろりと落ちる。

少年暗部の周りにはおびただしい数の遺体が折り重なって倒れている。
手が千切れた者、頭が無い者、胴が千切れたり人の形をとどめていない者も数多く転がっている
その赤紫の霧の中、血の海に息一つ乱さず冷静に任務の終了を告げる。
年若い暗部の隊長を仲間の暗部である年長者すら地獄絵を見るように機械のごとく立つ細い姿を寒気と薄気味悪さを感じずにいられなかった。

「散!」

隊長の一言で処理班を残して、戦闘に参加した班は里に戻るため姿を消した。
カカシが暗部に入って三年、カカシの希望する任務は暗部の中でも危険で命懸けの任務を望んだ。
特にカカシが強く希望したので暗部すら出来れば受けたくない汚い任務を好んで引き受けていた。
若いカカシが過酷で惨い任務ばかり付くことに、火影はいい顔をしなかったが、冷静確実に任務をこなすカカシに暗部の中でも一目おかれ過酷な任務の部隊を指揮するまでにそう時間はかからなかった。
仲間の暗部の前でさえ感情を出さないカカシを密かに皆こう呼んだ。


コピー忍者のカカシ、感情を持たない暗殺人形。


カカシは気配を消しながら里を目指して森を走った。

今回も無事に任務を終えた。
身体にべったり返り血を浴び、死臭が染み付いた酷い有様だ…
しかし、カカシは気にも止めず里のある場所を目指して走り続けた。
里に着く頃には空が白々とあけ、煙る朝露が朝の光りを若葉に輝かせて、鳥の声が澄んだ空気に響いていた。
カカシは、里の森の中にある慰霊碑の前に立った。

「ただいま帰りました。」


慰霊碑の前で小さくカカシは呟いた。
カカシは任務が終わるとまず慰霊碑にくる、どんなに傷付いていても
ここに来て自分が帰って来た事を知らせるのだ。ここには、カカシの恩師と親友が眠っている…
カカシの左目の写輪眼はその親友から移植された瞳なのだ。
カカシの初めての仲間だった。
殺伐としたカカシの短い人生の中で、最も輝いて人間らしい思い出。
三人と師の楽しく…そして悲しい思い出が眠っている。

未熟な自分の失敗で失ってしまった友の命、命を掛けて里を守った師を未熟な自分が何も出来ず、守り生かされたことが悔やまれた。


出来れば共に戦い死すことが出来れば、 と……

後悔しても仕切れない、悔しさがカカシの心をいまだに苦しめていた。
死の狭間、カカシに託された写輪眼のおかげで自分が生かされた、そして、今のここに生きているのはカカシの力だけでなく、写輪眼の力でもあるのだ。
写輪眼のカカシの通り名は、親友がカカシにくれた力の存在が大きい。
自分の命は大きな犠牲の上に生きて存在している。
だからカカシは簡単に死ぬことは許されない。
この瞳を持ち、師が命懸けで守った里のために出来るだけ多くの任務をこなしたい、その任務は厳しく過酷なモノが良い。
自分だけがのうのうと生かされて暮らしていく訳にはいかない、
里のため、 いや…
自分の懺悔のため、誰もが嫌がる血生臭い汚い任務を引き受け…一生修羅の道を出来るだけ長く…、この瞳と共に走り続けたと決めていた。


そして任務から無事帰った時は、友の瞳と共にありのままの自分の姿を見せに、慰霊碑に立った。自分の義務として…、
血が乾き真っ黒になった自分の手を見つめ、ただ一人静かに己の罪を戒めていた。


…パタ……パタ…パタ…パタパタ……

森の小道を慰霊碑に向かって小さな足音が近付いてくる。
忍であるカカシの耳にはハッキリと聞えた。
殺気のない気配に緊張をする事もなく近くの木の上に身を隠して気配を消した。
暗部は一般に極秘のため人に姿を見せる事はほとんどない。
それに万が一、今のカカシの姿を見た者がいれば、見た瞬間凍り付いて動けなくなるか、一目散に悲鳴を上げて逃げていくだろう。
里の中でも暗部は恐怖の存在とされていた。
暗部の素顔を見た者は暗殺されると噂されていたからだった。

カカシが姿を隠して数十秒、息を切らして少年が小道を走って来た。
一つに結んだ黒髪をピョコピョコ揺らし、手には桜の小枝を大事そうに握り、朝日の中、頬をピンクに染めながら嬉しそうに慰霊碑まで走って来る。
こんな早朝からここに来る人間が自分の他にもいたことも驚いたが、慰霊碑に来る人間が、こんなに嬉しそうな笑顔で訪れるのをカカシは初めて見た!
慰霊碑には任務で亡くなった大勢の人々が眠っている…里の英雄と呼ばれる者達だ…しかし、どんなに英雄になろうとも、失った愛する人達を悲しまない者はいない。
ここを訪れる人々は皆何処か悲しい目をして、慰霊碑を見つめるからだ。
自分よりも少し幼い少年は、何を喜んで満面の笑みを浮かべてここに来たのか、カカシは興味が湧いて少年の姿を追った。少年は、大事に持ってきた桜の小枝を慰霊碑に差し出すと、一文字についた鼻の傷を照れた様子で人差し指でひと擦りして語り出した。

「父さん、母さん、里で一番の桜を使って母さんオリジナルの術をやって見せるから……、小さい頃見ただけで、ハッキリ覚えてなくって、自分なりにアレンジして、やっと完成したんだ、
見ていてね。母さん…。」


木の上のカカシにも、亡き両親に語る少年の声が届く。
少年は母親の術を完成させて、両親に見せるために朝早くここへ来たのだ、照れた笑顔が無邪気でとても愛らしく、カカシの重い心をほんのり暖める。
少年のやる術は、どんな術なのだろう?
他人には興味を持たないカカシには珍しく少年のやる術を左目の写輪眼で見つめた。
写輪眼は見た術をコピーできる能力がある、しかし身体の負担消耗が大きいので、普段は閉ざして使わなければならない戦闘にだけ開かれる瞳だった。

カカシは、初めて殺気の無い赤い瞳で他者を見つめた。

少年は、桜の枝から花を二つ摘むと大きく深呼吸してから、空へ二つの花を放った。
宙を舞いクルクル落ちてくる花に印を結び術を唱えて両手を緩やかに広げると、少年の周りに細かい結晶がキラキラと包み、少年が手を上げると螺旋を描いて舞い落ちる花を空へ押し上げた。

花は輝きながらゆっくりと結晶化して、日の光をうけて黄金に輝き、柔らかな黄金の風を生んで幻想的な空間を作り出していた。
緩やかに降りてくる光が少年の手の平に届くころにはウズラの卵ほどの大きさになり、透明な丸い結晶が二つ出来上がった。
結晶の中には桜の花が封じられて、ガラス細工のように見える、しかし、ガラスでは、けして出来ない生の花を結晶の中に閉じこめた、繊細で美しい不思議な結晶だった。
カカシは少年の術を見て、今まで感じた事がないほど胸が震えた。
今まで数知れないほど術をコピーしてきた。
強力で見事な術も沢山あったが…、
いまコピーした少年の術は、なんて優しく美しく、見ている者の心を包むように柔らかい術なのだろう…。
まるで少年の心そのものが汚れない透明の結晶となって…桜の花を抱き締めたようにカカシは感じていた。
今まで見てきた術とは違う…、
この少年とその母の術に暖かく慈しむ愛情を感じ、カカシの胸は暖かい液体が満たすように熱く感動させらていた。

…何かに心熱く感動できる人間らしさがカカシに在るとは、カカシ自身も思ってもいなかった。
カカシは驚きと喜びに自分の胸に手をあてた。
トクトクと何時もより早い鼓動が手の平に伝わる。
何事にも動じない凍りついた心の中に、いきなり暖かい液体が満たして凍てついた心を一気に溶かして、熱く優しい痛みが今まで感じたことがないほど鼓動を跳ね上げていた。

術を成功させた少年は、満足げに結晶を朝日にかざすと、はじけそうに笑う。

「へっへ、へへへ!大成功!!、綺麗に出来ただろう、まぁ、母さんにはまだまだだけどさ、
オレ、これからも頑張るから、立派な忍者になって里を守るから、見てて!
桜は、成功記念に一個はオレの、もう一個は父さんと母さんにあげるね。じゃあ、また来るよ。」

少年は慰霊碑の石に桜の結晶を置くと、にっこり笑いクルリと向きをかえて来た時と同じように元気よく小道を走って帰って行った。

去って行く揺れる黒髪を見送りながら、カカシの脳裏に少年の綺麗な笑顔が焼き付く。
あの少年は両親のような忍者を目指しているのだろう、両親を亡くして悲しくないはずがないのに…。
悲しみを乗越えて、あんなに綺麗な笑顔をできるのだから、心強く芯のある忍になるだろう…、
だが、忍者は過酷なものだ。
忍として生きる事は、いつまでも綺麗で汚れない心のまま進めない道なのだ。
あんな輝く笑顔をあの少年は何時までしていられるだろうと…
血塗れの自分のように汚れてほしくはない、何時までもあの綺麗で暖かい笑顔でいてほしい。
カカシは心から願った。
誰もいなくなった慰霊碑にカカシは音もなく降り立つ。
そこには少年の残した桜の小枝と丸い結晶が置いてあった。
カカシは静かに桜の小枝から花を一輪摘むと、先ほど少年がやったように花を投げ、コピーした術を唱える。
キラキラとカカシの周りに結晶が舞い、先ほど少年が見せていた光景がカカシを中心に再現された。
少年が作った同じ結晶がカカシの手にゆっくり降りてくる。
真っ黒な血塗れの手の平に、少年と同じ綺麗な丸い結晶が輝いている。

赤い瞳から無意識に熱い涙が頬を伝った。
自分にも少年と同じ暖かいモノがまだ在るように感じて、また少年の笑顔を思い浮かべ心震えた。

心閉ざしていた自分の中に暖かい春をくれた少年…カカシはこの春の出来事を心に刻む。
この先どんな過酷で辛い任務をこなそうと、数々の命を奪う事があっても、この心の春は失うことは無いだろう…。
今まで生きて初めて自分で見つけた、宝物!
あの少年と自分が同じ道で交わる事は多分ないだろう、あの少年に自分と同じ任務はさせたくない。
どうか…何時までも綺麗に微笑んでいてほしい……カカシは自分が守るべき宝〈命〉に出会った気がした。
だから過去の自分を守り生かしてくれた者と同じ、命ある限り力を尽くそう、心に花をもらい暖かく温もったお礼に…
生きている意味を戦う理由を新に誓う。

カカシは自分で作った結晶と少年の作った結晶を入れ替えた。
「これ、もらって良い?どうしてもあの子の桜が欲しいんだ。これもらえると俺、もっと頑張れそうだから…大事する。
変りで悪いけど俺の桜置いていくね。また見せに来るから……。」
カカシは桜の結晶を大事にしまい、静かに瞳から流れる涙に長い間忘れていた微笑みを浮かべ、空を仰ぎ見る。
青い空が今日も良い春の日を予感させる。
もうすぐ桜が里をピンクに染めるだろう、その風景は少年の笑顔と似て綺麗に人々の心に春を運んでくるのだろう……。

「…綺麗だろうな…
桜… 。 」
任務で里をあけることが多いカカシは、里の春を楽しんだ事はない、
今年の桜はきっと凄く綺麗だろう…
里の桜が…みたい…
数日任務が入らないことをささやか祈った。
 

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