そんな空の下2
□罪を、罰を、褒美を。
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*side H
神崎と付き合って半年が経過した頃だろうか。
あの日オレは、神崎を試した。
オレを試した。
「オレ、結婚することになった」
相手も、式の日取りも随分前から決まっていたことだった。
決められていたことだった。
財閥が大きいほど、レールも走りやすく目の前に用意されている。
目障りなほど、あかりさまに。
カフェのテーブルで2人で向かい合って座り、コーヒーを一口飲んでから切り出した。
メロンソーダをストローで飲んでいた神崎が一時停止する。
それからまた喉がこくりと動きだし、ストローから口を放した。
「……お、おお…、そいつぁ、めでてーな…」
下手くそな笑みだ。
言葉も心がこもっていない。
「てめーみてーなのが、オレより先に身を固めるのが癪だけどな…。相手は誰だ? 金持ちにありがちな、許嫁ってやつか…?」
コーヒーでもないのに、ストローでカラカラとメロンソーダをかき混ぜている。
「神崎…」
「だったらアレだな…。オレらも…、ここまでってことだよな…? ああいうことするのも…、しまいってことで……」
まるで独り言だ。
ああいうこと、というのは詳しく聞かなくてもわかる。
こいつと付き合い始めて数ヶ月後、オレはこいつを抱いた。
オレから誘って。
神崎も納得して。
神崎は初めてだったので、最初は苦しそうだったが、最近はようやく慣れてくれた。
「まったく清々するぜ。ほら、アレって、オレの方が負担かかるし…」
「…オレの気紛れで付き合わせて悪かったな」
ゴッ!!
瞬間、右頬に衝撃が走った。
立ち上がった神崎がオレを殴りつけたからだ。
店内の客の視線がこちらに集まる。
神崎が飲んでいたメロンソーダはテーブルに倒れ、緑の液体をぶちまけていた。
「さっさと幸せになりやがれ…っ」
最後の最後で、オレは、声を震わせる神崎の顔を見ることができなかった。
あの言葉が、殴られるよりきつかったからだ。
「神崎……」
名を呼んだ時には神崎の姿はなく、テーブルには、倒されたメロンソーダと、1000円札が置かれていた。
終わりなんてあっけない。
いずれは極道を継ぐあいつのためにも、この方が得策だと思ったんだ。
あいつだって、自分の未来が早めに決まっていれば、あいつの方から別れを告げただろう。
なのに、オレは何を期待してしまったのだろう。
あいつが「嫌だ。オレと一緒にいてくれ」とごねたら、オレはどうしていただろうか。
その手を引っ張って、誰も知らない場所へ逃げることができたんじゃないか。
いつ脱線してもおかしくない、歪で錆びたレールの上を走ろうとしたんじゃないか。
あいつと一緒に。
神崎が目の前から消えて、そんな後悔ばかりが押し寄せる。
今も。
あれから何年の時が経ったのかさえも、思い出せない。
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