そんな空の下2

□罪を、罰を、褒美を。
1ページ/6ページ

*side H




神崎と付き合って半年が経過した頃だろうか。


あの日オレは、神崎を試した。

オレを試した。


「オレ、結婚することになった」


相手も、式の日取りも随分前から決まっていたことだった。

決められていたことだった。

財閥が大きいほど、レールも走りやすく目の前に用意されている。

目障りなほど、あかりさまに。


カフェのテーブルで2人で向かい合って座り、コーヒーを一口飲んでから切り出した。

メロンソーダをストローで飲んでいた神崎が一時停止する。

それからまた喉がこくりと動きだし、ストローから口を放した。


「……お、おお…、そいつぁ、めでてーな…」


下手くそな笑みだ。

言葉も心がこもっていない。


「てめーみてーなのが、オレより先に身を固めるのが癪だけどな…。相手は誰だ? 金持ちにありがちな、許嫁ってやつか…?」


コーヒーでもないのに、ストローでカラカラとメロンソーダをかき混ぜている。


「神崎…」

「だったらアレだな…。オレらも…、ここまでってことだよな…? ああいうことするのも…、しまいってことで……」


まるで独り言だ。


ああいうこと、というのは詳しく聞かなくてもわかる。

こいつと付き合い始めて数ヶ月後、オレはこいつを抱いた。

オレから誘って。

神崎も納得して。

神崎は初めてだったので、最初は苦しそうだったが、最近はようやく慣れてくれた。


「まったく清々するぜ。ほら、アレって、オレの方が負担かかるし…」

「…オレの気紛れで付き合わせて悪かったな」


ゴッ!!


瞬間、右頬に衝撃が走った。

立ち上がった神崎がオレを殴りつけたからだ。

店内の客の視線がこちらに集まる。


神崎が飲んでいたメロンソーダはテーブルに倒れ、緑の液体をぶちまけていた。


「さっさと幸せになりやがれ…っ」


最後の最後で、オレは、声を震わせる神崎の顔を見ることができなかった。


あの言葉が、殴られるよりきつかったからだ。


「神崎……」


名を呼んだ時には神崎の姿はなく、テーブルには、倒されたメロンソーダと、1000円札が置かれていた。


終わりなんてあっけない。


いずれは極道を継ぐあいつのためにも、この方が得策だと思ったんだ。


あいつだって、自分の未来が早めに決まっていれば、あいつの方から別れを告げただろう。


なのに、オレは何を期待してしまったのだろう。


あいつが「嫌だ。オレと一緒にいてくれ」とごねたら、オレはどうしていただろうか。

その手を引っ張って、誰も知らない場所へ逃げることができたんじゃないか。

いつ脱線してもおかしくない、歪で錆びたレールの上を走ろうとしたんじゃないか。


あいつと一緒に。


神崎が目の前から消えて、そんな後悔ばかりが押し寄せる。


今も。


あれから何年の時が経ったのかさえも、思い出せない。





次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ