リクエスト2

□奥様は魔人でした。
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※“お呼びでしょうか?”続編。




リーゼント主義者で姫川財閥の御曹司・姫川竜也。

高校卒業した彼は、社長となるために毎日の多忙な日々を繰り返していた。


そんな日々の最中、彼はある日、非現実的な出会いをし、非現実な相手と甘い生活を始めたばかりだった。


「……焦げ臭い」


寝室で眠っていた姫川は、ドアの隙間から部屋に侵入してきた悪臭に起こされた。

横を見ると、隣で眠っているはずの相方がいない。

嫌な予感を覚えてベッドから飛び起き、ダイニングに顔を出すと悪臭の濃さが増した。


「う…っ;」


その毒ガスに吐き気を催す。

袖を鼻に当てても気休めにもならず、先にベランダへと走って換気のために窓を開けた。


「げほげほっ;」


ついでに外の空気も吸う。


「神崎!?」


キッチンのIHは付けっぱなしで、グツグツと煮え滾る鍋の中身はどす黒く、床には相方の神崎が真っ青な顔で倒れていた。


姫川はIHの電源を切ってキッチンの換気扇をまわし、神崎を抱きかかえてソファーへと移した。

半裸の神崎にはエプロンがかけられていた。

その上、おたまを握りしめているということは、先程まであの鍋の前に立って料理していたのだろう。


「神崎、しっかりしろっ;」


神崎は呻きながら目を覚ます。


「う〜ん…。……おはヨーグルッチ…」

「あ、まだ駄目だ;」


この死にかけた男、神崎こそが姫川の日常を変えた人物である。


神崎は、元・魔人であり、姫川がコーヒーを買おうとした自販機から出てきたヨーグルッチから煙に巻かれて登場したことが始まりだった。

魔人の使命は、ヨーグルッチを飲み切った相手の願いを1つだけ叶えることだ。

金、女、世界、永遠の命…、大それた願いをなんでも叶えることができる。

だが、有名財閥の御曹司である姫川は金と女にはまったく不自由しておらず、だからといって人外になることも拒み、今ある生活以上のものを何一つ求めてはこなかった。

魔人にとって、願い事は沽券に関わることだ。

簡単な願い事を受理してしまえば魔人界の笑いものになってしまう。

主である姫川以外、姿を見られる心配は無用なので1ヶ月の間、姫川に付きまとい、願い事をせがむうちに、2人の距離は縮まっていった。

1ヶ月が経とうとしていた頃、魔人界が催促してきた。

もし、今日中に願い事を受理できなければ、姫川の魔人と関わった記憶を消して魔人界に帰還しろ、と。

記憶も消さずに戻ってしまえば、その時点で魔人失格、どこかの世界に追放されてしまう。

魔人の掟には逆らえない。

しかし、姫川と離れることを惜しむほど、魔人であるはずの神崎の心は姫川に傾いていた。

それは姫川も同じだった。

それを知った姫川はついに願い事を決める。

神崎を人間にすることを。

その願いが受理され、今の生活がある。


まだ悪臭が残っているので新しい消臭剤を出して部屋の匂いを誤魔化す。


起き上がった神崎は事情を説明した。

単純に、姫川のために朝ごはんを作っていただけだったという。


「あ、気絶している最中、“夢”ってのが見られたぞ。広大な花畑に、綺麗な川があってな…」

「それは、“夢”じゃなくて“あの世”だ。何があってもその川は絶対渡るなよ。2度と目が覚めなくなるから;」


未だ世間知らずの神崎に大事な警告をしておく。


人間の身体を手に入れた神崎にとって、様々な体験が新鮮で、戸惑うことばかりだった。


魔人は普通の人間とは感覚が格段に違う。

意識しなければ物に触れることもできず、空腹や痛みも感じず、食事や睡眠をとる必要もなく、新陳代謝もないから風呂に入る必要もない。

そして、年をとることも死ぬこともない。


人間になってからそれほど日も経ってないので、未だに人間の感覚に慣れず、すり抜けようとしてドアや壁にぶつかることもしばしばある。


仕事に行ってる間、姫川はハラハラしていた。

神崎は人間の幼児どころか、拾いたての子猫のように慎重に扱わなければならなかった。

人間になった当初はトイレの仕方どころか尿意が何かもわからず、教えるのに苦労させられたものだ。


先日も、ちょっと目を離した隙に、熱いコーヒーを胸辺りにぶちまけてしまい、「イタイイタイ」と訴えていた。

そのたびに注意と「その感覚は“痛い”じゃなくて“熱い”だ」ときちんと教えた。


仕事に行っている間は、姫川の執事である蓮井に面倒を頼んでいたが、神崎は警戒しているのか、蓮井が家にいる時は、与えられた自室からあまり出てこない。


その日、姫川はマスクをして鍋の処理をしながら決意した。

明日の休日は、神崎のために当てようと。





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