リクエスト2

□うちの嫁が一番に決まってます。
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「おい、そこのくそったれ」

「あ?」


下校時間、廊下を歩いていた姫川は、声をかけられて振り返り、5段に積まれたダンボールの山にぎょっとした。


「……早乙女、何してんだよ」


山積みのダンボールの向こうの顔は確認できないが、かけられた声と口癖で、振り返る前にその声の主がわかっていた。


「その声は姫原か」

「姫川だボケ教師」


早乙女からは目の前の人の気配しかつかめておらず、姫川だということには気づいていなかった。

横に並んでようやく顔が合わせられる。


「ちょっと手伝えよ。化学の教師の…えーと…なんだっけ、まあとりあえず化学のジジイ(教師)に押し付けられちまってな」

「同じ職場の人間の名前忘れてんじゃねえよ」

「「腰が痛むから化学実験室に運んでくれ」って。まず、自分のデスクにどうやって持ってきたんだか;」

「引き受けたからには自分でやれよ」


面倒臭いと言わんばかりに早乙女の横を通過しようとしたが、早乙女は「待て待て」と引き止める。


「実験室は隣の校舎なんだ。ダンボールの中は実験器具のガラス類がほとんど。階段ののぼりおりもメンドクセーし、ちょっとくらい手伝ってくれたっていいだろ。それに、てめーはオレの生徒だろーが」

「生徒だからってなぁ」


青筋を浮かべて文句を言ってやろうと口を開くと、


「次の席替え、おまえと神崎が隣同士になるようにしてやる」


遮るように言われ、口を閉ざした。


「……………」


姫川にとっては願ってもない取引条件だ。


「汚れた教師だな」

「あー、おまえだけには言われたかねえな、くそったれ」


姫川は舌打ちのあと、早乙女の抱えているダンボールの半分を奪うように上から2段取り、化学実験室へと向かう。

抱えていたダンボールが減ったことで早乙女も負担が減り、さくさく先へと行く姫川の後ろについていく。


「おまえ場所わかんのか?」

「わかるわけねーだろ。てめーが後ろから指示だせ」

「じゃあ素直にオレについてくればいいだろ」

「傍からてめーのパシりに見えるだろ」

「おまえも十分めんどくせぇな;」


早乙女の後ろをついていけば、明らかに手伝わされてるように見えてしまうからあえて先を進んでいるのだった。


化学実験室に到着し、机の上にダンボールを置いていく。

これで早乙女の仕事は完了だ。


腕に自由が戻り、早乙女はその場で上に腕を伸ばして伸びをする。


「はー、助かったぜ」

「手伝ってやったんだからな。席替えの件、忘れんじゃねえぞ」

「わかってるっつの。はぁ…。うちの虎なら、無償でやってくれるっつーのに…」

「あいつは働くの好きだからな」

「それもあるがな。オレが頼んだ場合、全部運ぼうとするし、終わったあとは「禅さん、お疲れ様」って肩まで揉んでくれるんだぜ。……この間、潰されかけたが;」


完治しているはずなのに、その時のことを思い出すと肩が痛んだ。

姫川は鼻で笑う。


「あいつが慕うのはアンタぐらいだろうよ」

「おまえも虎ぐらい素直になってみろ、かわいくねーな」

「オレはいつだって素直だ。…まあ、普段素直じゃねえツンな奴が不意にデレる時が一番カワイイと思うけどな」

「誰のこと言ってんだ」

「……………」


姫川が無言になっても、早乙女にはわかっていた。

神崎のことだろう。

わかっていなければ席替えにその名前を出さない。

本人達は卒業まで隠し通しておきたかったのだろうが、周りには交際していることがバレバレだ。

今では開き直って公式の仲になっている。


早乙女は、フ、と笑い、愛用のタバコを取り出して口に咥え、火を点けた。

禁煙だろうが火気厳禁だろうがおかまいなしだ。


「ったく、間違った青春送りやがって…」

「これも立派な青春だ。健全で、教師と生徒の危ない関係でもねえし」


早乙女と東条が付き合っているのは、一部の人間しか知らない。

その限られたメンバーには教師の権力を振りかざして周囲にはバレないようにしていた。

姫川も、その一部の人間だ。


姫川は意味ありげに嘲笑の笑みを浮かべ、用も済んだことで実験室を出ようと早乙女に声をかける。

それが癇に障り、早乙女は煙を吐き出しながら声をかけた。


「……神崎のどこがいーんだ。ツンツンじゃねえか」

「そこがいいんだろうが。どこの女よりも可愛らしいと思ってるぜ。思い通りにならないところも楽しませてくれるし…」

「てめーがSなだけだろが。相方は素直でなんぼ。虎の方が日本一可愛い」


そこで姫川の足が止まる。


「うちのなんか世界はとれる」

「いやいや、てめーの神崎が世界ならオレの虎は銀河一だ」

「いやいや、そっちがそういうなら、宇宙一だし」

「いやいやいや…」

「いやいやいや…」


姫川は踵を返し、早乙女の傍にあった机を、バンッ、と叩いた。


「「ウチのがカワイイっつってんだろうが!!!」」





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