リクエスト2

□オレの弱さを許してくれますか?
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夜の雨の中、傘も差さずに横断歩道の前で待っていた。

横には誰もおらず、雨の音だけが響く街中。

信号どころか、車だってないのだからこのまま行ってしまえばいいのに、なぜか足は止まったままだ。


オレは思い出す。

ああ、またこの光景だ、と。


いつからが始まりなのか忘れてしまうくらい繰り返した光景。

違うのは、繰り返すごとに徐々に雨脚が強くなっていることだ。

初めて見た時は雨さえも降っていなかったのに。

オレは未だにあちらに進めずに、立ち尽くしたままだ。


「…!」


はっと前を向くと、横断歩道の先に、身近にいた人物が赤い傘を手に立っていた。

久我山だ。

横断歩道を挟み、オレ達は目と目を合わせる。

しばらくして、久我山は諦めたように目を閉じて踵を返し、どこかへ去ってしまう。


他にもオレに関わった奴らが傘を手に現れたが、こちらを渡ろうともせずにどこかへ行ってしまった。


オレは自嘲の笑みを浮かべた。


『人間の心なんて所詮こんなものだ』


すると、いつの間にか背後に立っていた奴に肩を叩かれた。


『去る者追わず。おまえは、他人に心を許さない。だから、相手も簡単に離れて行っちまうんだ』


わかってる。

オレは口元だけを動かした。


『あいつも』

「!」


次に現れたのは、安っぽいビニール傘を差した、神崎だ。


神崎はオレを見据え、しばらくして足を一歩引いた。


「待っ…!!」


じわりとせり上がった焦りに、オレは思わず手を伸ばした。

一歩足を踏み出してそのまま渡ろうとしたが、強い力で肩をつかんだ手がそれを阻止する。


振り返り、そいつと目を合わせる。

そいつは蔑むような薄笑いを浮かべ、こう言った。


『こんな腐り落ちた世界に、てめーを受け入れてくれる場所なんかないんだ』


断言したのは、オレ自身だ。


人差し指で眉間辺りをさされ、言葉を続ける。


『おまえはここから一歩も動けねぇまま、一生を終えるんだよ』


雨に溺れそうだった。


それぐらい、息をするのも苦しかった。





*****





「姫川」


水底から響くような声に起こされ、ゆっくりと目を開けると顔を覗きこむ神崎の顔があった。


「神崎…」


半身を起こし、目を擦る。

視界に映る部屋の様子を見て、現実を実感した。


オレと神崎の隠れ家―――逢引部屋とでも言えばいいのだろうか。

行為を終えたあと、沈むようにそのまま眠ってしまったようだ。

スマホを確認すると、朝の5時。

カーテンは閉め切ったままだが、外から雨の音が聞こえた。


「また、うなされてた」

「……あぁ」


それで神崎を起こしてしまったのだろう。


「悩み事でもあんのか?」

「いや…、そういうわけじゃねーけど…」


曖昧に答えてしまい、「前も聞いたぞ、それ」と口を尖らせる神崎に指摘されれば苦笑いしか出てこない。

悩み事、という自覚は最近までなかった。

けど、時が経つにつれ、嫌というほど身に沁み渡った。


刻一刻と、大人になる時間。

そして、神崎といる時間を。


「…! おい…」


オレは夢の内容を思い出し、神崎を抱き寄せた。


「このまま…」


ワガママを聞いてくれた神崎は、「子どもだな」と困ったように笑い、オレの背中をあやすように叩く。


本当に、ずっと子どもだったらどれだけ…。

こんな想いに胸も抉られずに済むのに。


雨音を遠くで聞きながら、もしかしてと思う。

夢の中の雨脚が徐々に強くなるのは、その時がもうすぐ近づいていることを予兆しているからか。


「………神崎…」

「ん?」

「……………」


喉から出かけているのに、呑み込んでしまう。


夢から醒めたというのに、またもうひとりのオレ自身が嘲笑の笑みを浮かべて肩をつかみ、引き止めているかのように。





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