リクエスト2
□静寂から救いましょう。
1ページ/5ページ
夢はその時の心境が反映することがある。
まさにその通りだった。
ここは、何も見えない暗闇だ。
手のひらを見てみると、まるで発光しているかのようにはっきりと見える。
なのに、周りは闇に包まれたままだ。
とりあえず歩いてみようかと歩を進める。
何か見えるものがあるはずだ。
自分だけがそこに在る感覚は、妙な孤独感を覚える。
ここにはオレ独り。
育ってきた環境ゆえ、独りには不慣れだ。
いつだって周りには誰かがいたのだから。
けど、頭を抱えるほど『特別』な存在なんていなかった。
そいつに出会うまでは。
「!」
黙々と歩いていると、まるで幕から現れるように姫川がオレの前に姿を現した。
「姫川」
名を呼んで近づこうとする。
なのに、一向に近づけない。
今度は早足になってみる。
姫川は微動だに動かないのに、少しも距離が近づかない。
「姫川」
オレは手を伸ばす。
なのに、姫川はそれを拒むかのように一歩退き、普段は見せない寂しげな顔をしてオレに背を向けて去っていく。
「姫川!!」
オレは叫んで走り出した。
けれど、姫川は闇の中に消えてしまった。
どれだけ辺りを見回しても、いくら呼んでも、現れない。
「――――!!」
声にならない声を上げ、オレは後ろに引っ張られるような感覚を覚えた。
同時に、はっと目を覚ました。
目に映ったのは、オレと姫川の逢引部屋の天井。
隣には姫川が眠っていた。
思わずホッと胸を撫で下ろす。
昨夜の記憶がよみがえる。
お互い、裸になって、周りには言えない行為をして、死んだように眠って。
閉め切ったカーテン越しから、雨音が聞こえた。
オレは眠る姫川の横顔を上から見つめ、吐息をこぼす。
銀の長い髪の毛先を触った。
普段、ガチガチにリーゼントで固めているとは思えないほどの質感だ。
「神崎…」
「!」
返事を返しそうになったが、さっきと変わらない寝顔に口を開けたまま止まる。
確か、寝言って返したらダメなんだっけか。
「いつか…、オレから…」
続いた寝言に心臓が跳ねる。
そこから先は寝苦しそうにうなるだけ。
最近、それが続いていた。
しばらくしたらすぐに静かな寝息に戻るのに、今日は長い。
だから姫川の肩をゆすって起こそうとした。
「姫川っ」
何度も呼んで、オレには内容が見えない悪夢ら引っ張り起こす。
姫川はゆっくりと目を開けた。
「神崎…」
半身を起こし、目を擦る。
姫川の瞳に映る絶望が薄れていく。
夢だったと実感するのに少しかかったようだ。
姫川はスマホで時間を確認したあと、カーテンの方に目を向けた。
「また、うなされてた」
「……あぁ」
姫川はもう一度目を擦って答える。
「悩み事でもあんのか?」
「いや…、そういうわけじゃねーけど…」
「前にも聞いたぞ、それ」
誤魔化すように曖昧に答えられ、苛立つように言い返すオレに、また姫川は誤魔化すように苦笑するだけだ。
こいつはオレに何を隠してんだ。
怪訝な視線を送った時だ。
「…! おい…」
いきなり、抱き寄せられた。
「このまま…」
怖い夢を見てしまい、半べそをかきながらオレに縋りついてきた二葉を思い出す。
らしくない姿に、オレの苛立ちはどこかに消え、「子どもだな」と笑ってやって、二葉にしてやったように背中を優しく叩いてやる。
「………神崎…」
「ん?」
「……………」
オレに伝えたいことでもあるのだろうが、それを言い出せないようだ。
本当はオレだってわかっているのかもしれない。
姫川のあの寝言、「いつか、オレから」。
なんとなく、続きが読める。
それはオレも感じていることだったからだ。
でも、口にはしない。
いつの間にか、禁句となってしまったその言葉を。
その気持ちを。
オレは今の自分の心音を落ち着かせるように、誤魔化すように、姫川をあやし続けた。
この部屋から、何事もなかったかのように出て行く時間まで。
.