リクエスト

□近づくことができません。
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その騒動は、1つの指輪から始まった。


天気も気温もいいので、その日神崎は夏目と城山とともに屋上で弁当を食べていた。


「そしたらあいつ、周り人いんのにベタベタくっついてきやがって…」


弁当のごはんを咀嚼し、神崎は眉を寄せながら付き合って3ヶ月になる姫川の愚痴を夏目と城山に話している。

何回か聞いたこともある愚痴で、それって愚痴と見せかけて半分以上惚気じゃん、と内心では思いながらも、「うんうん」と夏目は笑みを浮かべながら何度も相槌を打った。


「「オレの半径1m以内に入ってくんな」とか言っても聞きゃしない…。あいつホントに耳あんのかよ。聴覚を頭の上のフランスパンに持ってかれたんじゃねーか?」


「あはは」と笑う夏目の頭の中で、自然と“崖の上のポ○。”が流れた。


「神崎さん、そんなに嫌なら「ベタベタしたら別れる」って言えばどうですか?」


すると、一瞬神崎が躊躇いの表情を見せた。


「そ…、それが言えりゃ苦労しねーんだよ…。この間なんか、手を繋ぐの嫌がってキレたら、スゲー、シュンとした顔するし…。面倒臭ぇよ、あいつ…;」


よほど繋ぎたかったのだろう。

付き合っていない頃は怒鳴ればすぐに怒鳴り返してきたクセに、恋人としての行為を拒否してしまうと、姫川は意外と打たれ弱かった。

女と付き合っていた時もそうだったのかと思ったが、冷たくあしらい、酷い時は1時間もしないうちに適当に金を渡して別れたのを見たと他の不良から聞いたことがある。


「オレのなにがそんなにいいんだか…」


その時、神崎の頭に、こつん、と小さな硬いものが落ちて当たった。


「痛てっ」


小石でもぶつけられたかと振り返って睨んだが、そこには、くるくると回転して倒れた指輪があった。


「…指輪?」


カラの弁当を置いた神崎は立ち上がり、それに歩み寄って拾った。

夏目と城山も神崎の後ろからそれを覗きこむ。

材質はなにかはわからないが、漆黒の指輪だ。

城山は「一体、どこから…」と真上を見上げたり、周りを見回したりして指輪が出現した原因を捜す。


てのひらにそれを載せていた神崎は、わずかな重みを感じた。

金や銀ではないが、オモチャというわけでもなさそうだ。


「指輪をめぐって冒険する映画ってのがあったなぁ」


姫川の家で見た映画を思い出して呟きながら、神崎は何気なく中指にそれをはめてみた。


「お。はまった」


どこから飛んできたかもわからない物をよくはめれるな、と夏目は内心で感心する。


「似合うか?」


神崎は夏目と城山に見せつける。


「かっこいいです、神崎さん!」


城山が褒めると神崎は鼻を鳴らした。

普段でも、たまに指輪のアクセサリーをつけているため、違和感はない。


「このままもらっちまおうかな」

「えー。いいのかなー?」


そんなことを喋っていると、屋上の扉が開かれた。

その音に、神崎達が顔を向けると、「お、いた」と屋上に足を踏み入れたのは姫川だ。

神崎を捜していたようだ。


「げ」

「「げ」ってなんだよ。失礼な奴だな。これからちょっと付き合えよ」

「あ? これから授業だろが」

「不良が真面目なこと言ってんじゃねーよ。フケちまえばいいだろが」

「おまえなぁ。昨日もそう言ってムリヤリ連れてったじゃねーか。オレを留年させてえのか」

「神崎が留年するならオレも留年する」

「勝手に一人で留年してろっ!;」


自分勝手なことを並べる姫川に、怒りを通り越して呆れてしまう。

姫川はゆっくりと歩を進めながら神崎に近寄ろうとするが、ふと、足を止めてしまう。


「…?」


浮かせた右足を震わせ、神崎に歩み寄ろうとするが、あと5mといったところで近づけない。


「「「???」」」


神崎達も、怪訝な顔をする姫川の様子に首を傾げた。


「どうした?」

「…おまえに近づけねえんだけど」

「は?」


姫川は目の前に手を伸ばしてみる。

壁があるわけではない。

足が勝手に神崎に近づくことを拒否しているようだった。


「神崎、そこにいろ」


神崎に指をさして命令形で言ったあと、踵を返してペントハウスまで戻り、もう一度振り返って弾かれたように走りだした。


「うおおおおおっ!!」

「え!? なんだなんだぁ!?;」


神崎は、イノシシのように突進してくる姫川に構え、姫川は勢いに任せて神崎に近づこうとしたが、神崎からあと5mのところで、


バチンッ!!


「うわっ!」

「な!!?」


自分の勢いが反射したように弾き飛ばされ、屋上の柵を飛び越えた。


「姫川ぁ――――っ!!!?;;;」





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