プレゼント

□1人では小さな一歩でも
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卒業したら一緒に暮らさねぇ?


今となってはあれはどちらの台詞だったか忘れたがそんな約束もしていた。勿論果たす気持ちもあったし、現時点で姫川は高級マンションの25階から30階を借家としている身分だ。本人も高校を通っている間だけだと云っており、その先も住み着くのかどうかは不明だった。
神崎としてはそのまま通い慣れたマンションで暮らすことに文句もなければ抵抗もないが、やはり新居という形での始まりも頭の隅にはあった。
新聞の折込チラシにたまにある分譲マンションの広告をつい見入ることもままあった―――そんなある日だ。

「神崎、こん中だったらどれがいい」
「ん?」

差し出される紙の束は不動産物件の広告だ。どれをとっても高級と名のつくマンションばかりで、何と云うかいつもながら物を見る視点の位置が若干ズレる。
しかし慣れたもので総て見終わっても「ふーん?」で終了。

「で、何だこれ」
「何って新居に決まってんだろ」
「誰の」
「俺とお前の」

思わず薄く口を開けたまま止まった。いつか云おうと思っていたことが実はで姫川も同じ思考があった。嬉しくないと云えば嘘である。

「約束しただろお互いに」
「まぁな。…いや、何だ。姫川の口から新居って言葉が出るとは」
「ここで暮らすとでも?」
「ちったぁ思ったりもしてた」
「…そうか。やっぱ気持ち新たになんだから住む場所だって変えたいだろ」
「心機一転か。ますますらしくねぇ」
「るせぇ、笑ってんな」

からかって笑う神崎の頭をぐぃと押しながら隣へと腰かけた。
これらの中で薦める物件を見せていく。多少部屋の向きやら配置が違うだけでほとんど今と変わらず、立地条件も悪くない。

「うー…む。迷うな」
「直感でいいんだよ。使い心地とか変わんねーし」
「てめぇが云うなてめぇが。…直感だぁ?だったら…これ、か?」

姫川から薦められた以外の広告を手にしては見せる。神崎が選んだ物件は今と似たり寄ったりだが決して悪くない条件ばかりだ。

「俺もマンション暮らししたことねぇから似たようなもんしか目行かねぇわ」
「それはそれで俺が嬉しい。じゃこの物件な」

広告を片手にもう片方では携帯で電話をかけている。早速も見学の予定でも組むのかと見届けていれば、だ。

「もしもし。広告にあったマンションの物件ってまだ空きあります?…えぇ、それです。ある?ならこのマンションの最上階から下を階層分…―――」


ブツン。


一瞬で消えた携帯を探せば神崎が電話を切っていた。

「おい何す…っっ」
「―――てめぇ何しようとした?」

顔を半分影で覆いギロリと睨む迫力のある瞳。信じられない目付きの中に怒りもチラホラと見えた気がした。

「何って神崎がこれがいいって云うから手続きを」
「それもあるがそうじゃねぇ、最上階から階層分を何しようってんだ」
「お買い上げ?」
「バカかっ!」

たまらず怒鳴ると眉間にシワを寄せられた。

「買うな!一部屋ならず階層分ってなんだよ!?」
「ここは借家だけど似たようなもんだぞ」
「似てねぇよ!つか階層分買っても俺が出せるか、んな大金!」
「神崎に負担かけねぇよ?俺の金で買うから」
「…は?」
「別に神崎の金に期待してねーって訳じゃなく、最初からそのつもりだったし」
「……えっと、姫川?」

疑問の色を浮かべ、ちょっと待てと繰り返しながら頭の中を整理していく。

「最初からってのはつまり…どういう」
「だから神崎が選んだ所を俺がお買い上げ。んでそこに俺達が住む、ってことだが何か問題でも?」

これまで何度も思考回路やら視線の位置の違いはあったが今回ほど理解できない食い違いはなさそうだ。
姫川にとって当たり前のようなことも今の神崎には呆れもあり、怒りもあり、気持ちを…萎えさせられた。

「お前はそれでいいのか姫川」
「?だって神崎はこの物件がいいんだろ」

広告を見せられ無性に怒りが湧き上がった。グシャリと握り潰しながら広告を奪い、掛けていた上着を引っ掴んで玄関に向かった。

「神崎っ?」
「一緒に暮らすっつー約束、あれナシだ」
「はっ!?」
「撤回するからそこらの広告捨てろ」
「いきなり何で撤回とか―――っ」
「てめぇの胸に訊いてみろボケ!このハゲ!!」

理不尽な罵られ方にも慣れたが相次いでウォレットチェーンの先に付けていたこの部屋の鍵を引き千切るように取り、姫川に向かって思い切り投げつける。見事にカツンと音を鳴らしながら硬い金属はサングラスへと当たった。

「あ゛!?レンズ…っ、に傷は無いと…つかこれ部屋の鍵じゃん!おい神崎お前っ」

オートロックであるマンションだ、鍵がなければ部屋に入れない。帰る気はないとの意思に追いかけない筈もなかった。
一足遅くエレベーターに乗り込んだ神崎の姿を捉えただけで終り、八つ当たりのように扉を叩いた。
行き先はまず実家だろうと予想するが…想像するだけで姫川の顔は青くなった。



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