プレゼント

□冬に炬燵と蜜柑と猫はLethal Weapon でしょう
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地面は降り続いた雪道ができ、今日も空からは雪が舞い散っていた。
そんな中をかなり珍しくも、姫川は歩いて極道一家・関東恵林気会神崎組の門扉の前までやって来た。
途中まで車で来たのだが舞う雪がキレイだと、これまた珍しくも見惚れ、「ここでいい」と蓮井に告げて降りた。
インターフォンを鳴らし出た組員に名乗り、屋敷へと上がった。

「若は部屋だ。失礼のねぇようにな」

こちらは恋人で何でも許される立場だが、この場は完全なる神崎組のテリトリーだ。
郷に入らば郷に従えも然り。
了承する返事と共に手土産でもある高級折り菓子を渡し、愛しい神崎の元へと足を進める。
神崎もやはり稀な勢いで「今日くらいはウチに来い」と誘い招き寄せた。
雪がキレイだと思ったのも、車を途中で降りたのも、このたった一言が要因だ。
部屋のドアを前にすると自然と口が緩みつつもノックを2回。

「おう、入れ」

姫川だと解っての返事と共にドアノブを回す。
と、飛び込んできた“それ”にキョトンと目を丸くした。

「寒かっただろ。ほれ、温かいぞ」

4面の窓から見える庭の様子はすっかり雪化粧で彩られ、舞い散る雪も更に寒さを感じさせる。
部屋の中にあったのはこれまで見たこともなかったコタツが設置されていた。
いつもあるテーブルは部屋の隅に追いやられている。
暖房も効いているがコタツに入ったのとでは温まり方は断然違う。
ソファーのある方向に神崎は座っていた。その左隣に腰を下ろし、足元の温もりにまたも顔が緩んだ。

「コタツ持ってたんだな」

もしかしたらこの為に呼んだのかもしれない。姫川の部屋ではまずお目にかかれないものだ。
置こうと思えば置けるスペースは余裕である。傍らで、今度はウチにも設置するか、と算段をつけていた。

「冬っぽくていいだろ」
「何かここだけ旅館みてぇ」

外に見える風景も交えた感想だ。
テーブルの上にはカゴに積まれたミカンがあり、それに手を伸ばそうとした時だ。

「ん?」

目に留まった神崎の手の動き。
よく見えていなかったが、軽く覗き込めばコタツ布団に被さる神崎の膝の上に猫が一匹丸くなっていた。

「………猫、飼ってたのか」

いつの間に、と知らなかった事実に驚きは隠せない。
そもそも何度か訪れている中で何故気付けなかったのかと自身に謎だ。
しかも小さい子猫なら最近だと解るが、どう見ても大人猫である。

「飼い猫じゃねぇ。他所の猫だ」
「は?」
「最近ウチの庭に来てよ」

グレーというより銀色の綺麗な毛並みをした猫は『ふふん♪』と笑っているようにも見えた。
撫でている神崎の手が余程に気持ちが良いのか、暫くするとゴロゴロと喉を鳴らした。

「随分と懐かれてるな」
「多分こいつ飼い猫だぜ。毛並みがめっちゃ良いからな」
「あれ?猫って家につくって云わなかったか?」
「それは知らねぇが…でも部屋に上がって暫くしたら帰っていくぜ」

銀猫のテリトリーの範囲に神崎家が入っているのだろう。
飼われている猫でも外を自由に行き来するのもいれば、完全室内飼いというのと分かれる。
この猫は前者なのだろう。

「ブラッシング欠かされてねーんだろうな。な、そんなに触り心地良いのか?」
「おう。触ってみ」

喉を鳴らしているのは機嫌がいい証拠だ。
どれ、と姫川が手を伸ばした瞬間である。

「フーッ!」

突然に人、いや猫が変わったかのように威嚇する声を上げられ、手を引っ込める。

「……。」

もう一度姫川は手を伸ばしてみるも、

「シャーッ!」

やはり威嚇された。
先程の機嫌の良さとは打って変わったものだ。
姫川が今度こそ手を引っ込めコタツの中に仕舞うと、見届けた銀猫の両目がゆっくりと閉じられる。
体勢を膝の上で整えると身体を丸め、ゴロゴロと喉を鳴らす音が耳に響く。

「嫌われてやんの」

からかいながら猫の頭を撫でている神崎が小憎たらしく見えた。
これといって何もしていないのに初対面で威嚇されるとは、猫もやはり石矢魔の住人と云えよう
一番に気に入らないのは肝心な恋人を取られていることにある。

「何かムカつく」
「猫に嫉妬すんな、見苦しい」
「してませんー」

口調も顔もしてるじゃねぇか。
そんなツッコミを入れれば拗ねたように顔を顰めるだろうか。
すると銀色の猫の瞳がジッと一点を見つめだし、その先は姫川である。

「おい、何か見てんぞ」
「あん?」

云われて視線を向けると、確かにじっと見つめる視線があった。
猫同士でもそれは睨み合いになり喧嘩の原因にもなる。
見つめ合うこと数秒。
不良同士なら既に威嚇やら牽制する怒号を散らしているが猫と姫川は違った。

「フッ。」

横を向くなり軽く顔を擡げ、鼻を鳴らした。
猫の口は「ω」の形をしているだけに先程の動作も合わせると、姫川は一つの結論に辿り着く。

「……おい今こいつ俺のこと鼻で嘲笑ったぞ」

まるで『お前の恋人取っちまった』と優越感に浸っているかのような態度だ。
そんな筈はないと否定したかったのだが、銀猫は撫でてほしいことを要求するように神崎へとグイグイ頭を押し付ける。

「んだよお前、甘えてくんなっつの」

気を良くした神崎の手が頭を撫でる。
恍惚とした表情を浮かべた銀猫は撫でられる手を避け、手の甲を舐めてきた。

「ザラザラした舌で舐めんなよ。くすぐってぇって」

舐めるという行為は猫の中では毛づくろいだったり、愛情表現になる。
飼い主でもない相手に対し舐める行為、それはつまり神崎に対しての愛情表現の意味になろう。
銀猫にとってのただの立ち寄り所だとしてもだ。
鼻で嗤われた上に恋人を奪われるなど、正真正銘の人間の恋人としては如何せん事態である。

「このクソ猫おっ放り出すから寄越せっ」
「お前何なんだよアホなのか!?」

立ち上がりながら銀猫を見下す姫川。
たかが猫に対して剥き出しの嫉妬にはため息と呆れ返った視線しか向けられない。

「バカでアホ決定な…」
「どうとでも云えっ。つーか俺呼ばれてきたのに若干放置されるってどういうことだよ!」
「仕方ねぇだろ?こいつが膝に乗ってんだから」
「だったら退かせばいいだろうがっ」

トイレに立つ時は察したように避けるが、それ以外はずっと膝の上にいるのだという。
一度退かせたがまた戻ってきて、それを繰り返すこと数回もすれば神崎は諦めた。

「な?」
「このクソ猫ふざけんなっっっ。神崎の膝は俺のだぞゴラァ!」
「だから猫に本気になってムキになるなっつのアホフランスパン」

二葉に対しての嫉妬の方がまだ可愛げがあるとため息をついた。

「ナァ〜ン」
「はっ!?何今の!?」
「ニャ〜」
「ふぉっ!?」

足元で急に柔らかいものが掠めた。
突然なことに姫川も動揺し、その光景は貴重なものだ。

「姫川、お前キョドり過ぎだぞ」
「今のクソ猫じゃないよな!?」
「シャーッ!!」

姫川の言葉を理解したようにタイミングのいい威嚇である。
掠めたと思った柔らかいものはまたも当たり、自ら動いていた。

「はぁ…!?また猫!?」

今度はトラ猫が姫川の足元でまとわりついていた。
銀猫と違ってこちらのトラ猫はやけに友好的で、いつの間に増えたのかとまたも目を丸くした。

「2匹もいたのか…」
「さっきから俺のベッドで丸くなってたぞ。気付いてなかったのか」
「今気付いたっつの。え、何、こいつも飼い猫?」
「いや、そいつは野良だ。毛並みあんま良くない上に傷とかあるし」

見れば云われたような箇所がいくつかあった。
片方は飼い猫で、片方は野良猫。
毛並みも(多分)猫種も違うだろう猫達が神崎の家に集まるなど変な話である。

「そのトラ猫と銀猫がいつも一緒になって家に来るんだぜ」
「へぇ…。連れ合いなんかね」

よく見ればトラ猫の方が銀猫と比べて一回り小さい。
夫婦なのか恋人なのか友人同士なのか、猫の間でこの2匹はどんな関係なのか。
まとわりついていたかと思えば、トラ猫は機敏な動きをしながらベッドも使って器用にも姫川の肩へと飛び乗った。

「っと、危ねっ」

バランス感覚が余程にいいのか、トラ猫は巻きつくように身体を落ちつけた。
首元を覆う柔らかく、それでいて温かみのある猫マフラーの完成だ。
毛触りは野良だからかあまり良くないが、銀猫と比べれば断然に可愛いと思える動作にいきり立った気持ちも治まるというものだ。

「これでちったぁ勘弁してやるよ」

トラ猫を驚かせないようにゆっくりと腰を落ち着け、一息つく。
今度こそミカン手を伸ばし、皮を剥いて身を取り出す。

「姫川、あ。」

かぱ、と口を開けて、云わんとせんことは『食わせろ』だろう。
放り込めと無言で訴える開いた口にミカンを一粒優しく放った。

「ん。美味い」
「ホントだ、甘ぇ」

これで甘酒でもあれば完璧に室内での冬を満喫していることだろう。
まったりとした時間を過ごしていると次第に眠気も襲ってくる。
片方が欠伸をすれば、つられてもう1人も欠伸を開けた。
薄く涙を浮かべ、眠たそうな表情を見つめ合わせるなり、どちらともなく同時に吹き出していた。


外は雪化粧。

部屋にはコタツ。

こんもりと盛られたミカン。

膝と肩の上には猫が身体を丸め、隣同士に並ぶのは神崎と姫川の恋人同士。



さて、冬場の贅沢がこれ以上何処にごさいましょうか?




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