プレゼント

□Zachte litteken
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瞼の裏を光が差した。
その光に導かれるように、うっすらと目を開けた神崎を待っていたのは。

「漸くお目覚めか?」

そう言う、姫川だった。
手に懐中電灯を持って、仁王立ちで。
表情が逆光になっていて見取れない。特徴的な髪形と低い声音だけで判断を下し、目の前に立つ人物に事の如何を問う。
「どういう事だ」
反響する室内は、おそらく倉庫か何かだろう。
照明がえらく高い天井からぶら下がっているだけ。
何より、周囲には人が、いる。何人いるかまではわからないが。

「姫川、答えろ……っ」




ここに運び込まれる時の記憶はない。当然だ。
高校から帰る途中で姫川に呼ばれて振り返ったら、何か嗅がされた。あの独特の匂いはクロロホルムか。瞬間で意識を失って、その後自分がどうなったか。
この状況を見れば、火を見るより明らかだ。
天井の張り出した鉄骨から垂れ下がる紐で、両腕を頭上に括られている。肘を曲げる余地はあるものの、引っ張ってもぎし、と言う音しか立てない。
腕力で鉄骨を折れるとも思えない。
それに嗅がされたクロロホルムの所為か膝に上手く力が入らず、どうしても腕が負ける恰好になる。ぐらぐらする頭を叱咤して、周りを見渡せば下卑た笑いを滲ませた男たちが数十人。

「…姫川…」

薬を嗅がされてこんな恰好で見世物になっている。
どうしてもそれだけで終わる筈がなかった。

「どうして。……何をするんだ?」



初めて恐怖感が襲ってきた。

「何をするかって?これから、オマエをレイプすんの」

皆の前で、その悶える姿を晒すんだよ。
あっさりと告げられた事実に、身体が震えた。姫川の冷酷ともいえる声音に。
そんな事を自分にする姫川に。

「ほら、このままじゃ辛いだけだからクスリも入れるし」

状況を楽しまなきゃ損じゃねぇ?

「安心してよ。他の男に触らせはするけど、神崎に突っ込むのはオレだけだから」

そのための仕掛けなんだからさ。

「精々、触れられて強請って」

オレじゃなきゃ嫌だ、って。
その綺麗で白い肌を震わせながら、さ。




姫川に指で挟んだ錠剤を口に流し込まれた。顎を押さえられて、水と一緒に。
素直に言う事を聞かない神崎に鋭く舌打ちを飛ばす。
錠剤すらも口外に出てきそうなほど、水を飲み込まない。

「無理に飲みてぇの?……何時もオレの悦んで飲んでるじゃん」

放出されたオレの欲の液体を。低くうめいて頭を押し付けたらそれは悦ぶオマエが。

「水程度、どーって事もねぇだろう」

剣呑に事実を指摘されて、神崎の頬がかすかに歪んだ。ように見えたのは。最後に残った自分の良心。だけどこれで最後。これからはそんなもの必要なくなる。

「お願いしたら、飲んでくれるのかよ?」

侮蔑を含んで、嘲りを載せて。
見下ろした目の、潤み具合が、また興奮させる材料になる。
言われた途端に、ごくりと神崎の喉が動いた。ゆっくりと嚥下される錠剤と水。
口の端から滴る水分を指で掬って舐めた。只の水がジュースのように甘く感じられる。

「今飲んだクスリ。SSって言って結構なモノだぜ。スペシャルスイートとか言うらしいけど。飲んだが最後、狂うような快感に悶える。だよなぁ?」

後ろに控える獣どもに問う。
答えは口笛と拍手。それに笑い。

「麻薬なんか比較にならない。実際それでおかしくなった女がいたとか。いっそオマエもそうなってみる?……楽しいよきっと」

顎をとられたまま瞳を覗き込まれる。
姫川の紫紺の両眼に映る自分が、なんとも情けない顔をしていた。捨てられた動物か。
或いは追い詰められた、犯罪者か…?




酷い事されてるのに、犯罪者はないか。
なら、なんだろう。この異常な状況で姫川の瞳に写る自分だけが本物に見えた。これから始まるであろう宴への恐怖、憤り。行き場のないこれらを、きっと自分は無理に昇華させられる。姫川の欲と、他の男たちの視線で。
姫川だけに許されていたモノを、この場で晒す。それがどんなに男の欲をそそるか、姫川でわかってる。じんわりと浸透する毒のように、目に焼き付いて離れないのだそうだ。その痴態も嬌声も。
自分であって自分でないものが記憶に残る、その後味の悪さを。
姫川。オマエは体験した事がないだろう。
だから姫川だけに見せてきたのに。姫川だけに許してきたのに。

「…あ…っ?」

心臓が跳ね上がった。激しい運動をした後みたく、心拍音が神崎を苛む。
体温が一気に上昇し、熱が身体中を駆け回り。
呼吸が上手く出来なかった。余りに顕著な変化に身体も意識もついていかない。

「い……や…」

待って、どうして…!

「ひめかわ…っ!」

どうしてこんなにまでされても、オマエに縋ってしまうのだろう。
どうして、嫌いなれないのだろう…?




「…ああ、効いてきた……?」

泣き声で自分を呼ぶ神崎に、そう聞くが。
首を激しく振るばかりで、言葉にならない神崎。きっと苦しいのだろう、深紅の綺麗な目に涙を浮かべてクスリに対抗しようとする。
全ての仕種が愛しくて、神崎の全てが恋しい。

「我慢しないで、身体の好きにさせたら?」
「…あっ!…や」
「熱いだろう、どこもかしこも。特にココなんか……」

するりと下半身を撫でられて、神崎の身体が竦んだ。

「ひ…やだ…触る……な」
「やっぱりな。もうこんなだもんな。我慢できる訳ねぇよ…。そんな身体じゃないのはオレが一番良く知ってるし」
「う…ああぁっ」
「おい、ナイフ持って来い」

後ろに向かって姫川が叫ぶ。
すぐに差し出される刃物をこれ見よがしに神崎の前でちらつかせて、煌かせた。

「剥いてやるよ裸に。…オマエが一番綺麗な姿に」
「……いやぁ!」

逃げようと思ってもクスリで言う事を聞かない身体と、熱くてどうしようもない内部が意思に逆らった。これほど強力だとは正直思ってなかった。
効きが早くて確実――――
そしてそれから逃れる術は、姫川の欲しか残されていない。散々目で楽しんで、後は身体で。滴る程に飲み込まなければいけないのだ。雫が神崎を満たすまで。もういらないと言っても頬張る位。
姫川の手が閃いて、神崎の服を切り取っていく。
シャツ、スラックス。身に付けているものは全部。
縫い目に合わせて刃を入れて、細かなパーツに分かれていく布を。
ぼんやりと視界に認める。最中にも神崎の身体は蝕まれていく。
熱い。

「あああ…ぁぁ」

姫川に弄られて、昂ぶらされている感じによく似ている。実際は何処にも手は這わされていない。舌も熱い塊も。
なのに全てがセックスの感覚を思い出させて余計に辛かった。
次第に露になる肌が上気して桜色になる頃に、周囲からも盛大に野次が飛び始める。

「あの肌、女より凄いな」
「きめが細かくて、吸いつきそう」
「極上品、ってこういう事言うんじゃねえ?」
「男だって気にならねぇよ。こっちが一回お願いしてもらいたいな」
「何よりあの顔…スゲェそそる…」

1人2人と輪を狭めて神崎と姫川に近付いてきた。
否が応にも目の端に映るその距離まで。




昂ぶる身体に触れて欲しい。
擡げる欲に、指を絡ませて。その掠れた声で囁いてくれたら。
2人だけの空間で、ひっそりと。

「うん、イイ顔」

身を捩じらせて、腕を縛った紐を泣かせながら。
全てを剥いだ、その姿がどんなに綺麗なのか。
目の端から零れる涙を指で掬って舐める。最早その行動だけで神崎の身体は跳ねた。顕著に著しく。

「…辛くないだろ?」
寧ろ快楽に呑まれる直前で。
煽情的な誘い方ができるオマエを見せつけて、オレはホントにイイ気分だよ。こんな人をいままで独占してきた。これからも独占する為に、こういう事をする。
忘れられない夜を、記憶に縛り付けて離さない為に―――
オレを刻んで、忘れさせない為に。

「なぁ?よくなってきただろ……?」
「ひっ…ああぁ!」
「答えろって」
「ああぁ…や、だ…ぁああ!…ひめ……っ」
「そのいや、ってこの状況が?それともオレが?…ってもう感じてるみたいだし、身体に聞くか」

ふいと神崎から視線を逸らして、姫川が後ろを向く。
その先には呼ばれたらしい数人の男が佇んでいた。

「遊んで構わねぇよ。ただし触るだけ。…それ以上はするな」

ここでちゃんと見てるから。

「ああ、その前に」

そう言って目の前に掲げられたものは僅かなモーター音を発している、バイブ。
姫川の手に握られているリモコンで強弱を調節できる。

「コレ、つっこんで泣いて」

甘くて切ない声で、泣いてくれよ。
差し込まれる指とソレに対抗したくても、我慢でき無い程に内部が囁いている。
何処からか持ち出された紐で神崎自身の根元を縛り上げられた時の悲鳴と、後ろにバイブを挿れられた時の絶叫が倉庫内に木霊しても。
それは強請る嬌声にしかならなかった。

「あああっ!」

がくがくと崩れる身体を、紐がそうさせず。
掻き回される内部が収縮してバイブをより深くへを誘い込む。
目から涙を、口から唾液を零しても重力のままに滴り落ちるだけ。

「ひっ―――!」

何もかもが強すぎる。
そんな神崎に数人の男たちの手が伸び始めた。彷徨うように肌を行き来し、慰めるように絡められる舌。

「あ、ああ、…やぁ…っああ」

悶える肌を、触られる。
震える下半身や内股、胸に。

「も、もう…やだ……ああ、い…っ」

するりと這わされる度に、腰が動く。
ねっとりと纏わりつく度に、喉が反らされる。

「ひ…ああああぁ!」

涙で霞んでいく視界に、映ったのは姫川だ。
他の男に触られた気持ち悪さと、いつもと違う感触に滲む生理的な涙。
待ち焦がれた刺激を与えられても素直に従えない。嫌だと思った。けど姫川を見るだけでその動きをすりかえた。
今自分を、絡め取っているのは姫川だと思えばいい。
そうしたら涙も違う意味で零れてくれる。後ろに含んだバイブさえ、姫川だと。
見たくないものは見ない。
感じたくない、他の男で達く事なんかしたくない。

「ひめかわ……―――」

掠れた、只唯一自由になる口で、愛しい男の名を呼んだ。





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