頬風〜hohokaze〜

□マニフェストを信じてる
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【5年目】


職員室の扉がノックされた。
いつも開け放してある扉だから、生徒は自由に部屋の中まで入って来る。そして大声で先生を呼ぶか、お目当ての先生の元へ走って行く。

───そいつも昔はそうしていた。

丸付け作業から顔を上げると、入り口の開けた空間を塞ぐように立つ、制服姿の長身と目が合った。

「失礼します」

そして、礼儀正しく一礼をしてから職員室に一歩足を踏み入れた。

「秋岡先生」

呼ばれて立ち上がる。

「おや、藍原詣で、ですか。久しぶりですねえ」

呑気な声が隣の机からかけられた。
『藍原詣で』と三年前から名付けられてはいるが、正確には『卒業生藍原による秋岡先生詣で』だ。
職員たちの視線を感じ、藍原は背筋を伸ばす。

「今日は高校の入学式でしたので。先生にご挨拶をと思いまして」

藍原を知っている職員たちは目を丸くしている。

「すっかり見違えたねえ。ちょっと見ない間に急に大人っぽくなったみたい」

大人……そう言われるのが藍原は一番うれしい。だから、生真面目にとり澄ました顔をしていた藍原だけど、微かに口の端が笑いかけた。そしてまた、取り繕うように顔を引き締めている。そんな藍原に微かに苦笑すると、あいつもそんな俺の小さな表情に気が付いて、小さくムッとする。

「入学おめでとう。藍原も高校生か」

並ぶと俺より頭一つ背の高くなった藍原の肩をぽんっと叩いた。

「はい!…えっと…」

何か色々と言いた気な藍原の先に立って歩き出す。

「教室にでも行くか?」

「はい。失礼しました」

また律儀に職員室の中に頭を下げ、藍原は俺の後についてきた。

 
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