B O X - 1
□恋愛小説
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「ありゃ、今から飯?」
ふわふわのオムライスにスプーンを突き刺した瞬間、斜め後ろから声を掛けられて、私はゆっくりと振り向いた。
時間は、午後9時。
非番の日であればとっくに食事を済ませているはずの時間である。
彼がそんなふうに声を掛けてきたのは、その通り私が非番だったから。
「あ、お帰り。」
言いながら、私はぱくりとオムライスを口に入れた。
「あ、オムライスうまそうかも。」
「うまいよ〜vV」
そういう彼…ラビがが頼んだのはBセットだ、と正面に置かれたトレーの上を見て分かった。
‥Bセットにするか、オムライスにするか、すごく悩んだから。
「お疲れ。任務どうだった?」
「んー、ハズレ。あ、でもアクマは78体倒してきた。骨折り損さ‥ι」
ため息を吐きながら彼が椅子に腰掛ける刹那、ふわりと揺れた柔らかな橙髪から甘いシャンプーの匂いがした。
「で、お前は?あれ?非番じゃなかったっけ?」
「うん、そう‥」
答えながら、私は無意識に右目を擦った。
乾いたような、何かが張りついたような感覚が気持ちが悪い。
「部屋で本読んでたらさ、いつのまにかこんな時間になっちゃった。」
「へぇ。」
「今の時期って日が長いから‥暗くなったなって思うと時間が遅くてびっくりしちゃう。」
でも、そんな時間の過ごし方が、私はとても好きで。
こんな時間の過ごし方が、とても贅沢に感じられる。
今日は一日何の呼び出しも訪問者もなくて、とうとうその本が読み終わるまで私は一歩も部屋から出なかった。
「何読んでたんさ?」
付け合せのナポリタンスパゲティを器用にフォークに巻きつけながらラビが言った。
どうしてメインのエビフライから食べないのか、私には分からない。
「言っても分かんないかもよ?」
「分かんないかなんて分かんないさ。」
それをひとくちに口の中へ。
自分の髪と全く同じ色のそれをもぐもぐと租借しながら彼は言った。
「…嵐が丘。」
ほんのりとミントの香りのする水で唇を湿らせながら、私は先刻まで浸っていた世界の名前を告げた。
…というか、実際は今でも少し私はまだあの世界の住人だったりする。
「…ブロンテっしょ?」
あぁ、あれね、といった調子で返されて、私は思わず目を丸くした。
「読んだの?」
名前くらいは知ってる、という返答も予想しながら、私は胸の高鳴りを抑えつつ。
…もしかしたら、あの世界を誰かと共有できるかもしれないことが嬉しかった。
何か素敵なものに出会ったとき、一人でその世界に浸ることに意義を感じる人間と、
それを誰かと共有することに喜びを感じる人間と、二通りあると思う。
それは出会ったものにもよるけれど。
今の私は、間違いなく後者。