B O X - 1

□理由
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騒めいた吐息には、押し込めた感情が微かに響いていた。
それを悟られたくなくて、長くゆっくり息を吐く。

それには思ったより熱が篭っていて、もはや私にはどうしようもなかった。

居心地の悪い、沈黙。

視線は、それ、が始まった時からずっとかち合ったままだったから、余計に居心地が悪い。

それを作り出したはずの彼が何も言わないから、当然私から何か言うつもりも無い。
そして、悔しいから絶対に視線も反らしてやるもんか、と、私はさらに眉間に力を入れた。

誰かの訪問も、突然の呼び出しも、この状況を打破してくれる偶発的な作用はどこにも期待できない。
報告は先程済ませてしまったし、この町には私達を訪ねてくるような者は誰も居ない。
…万が一訪ねてくるようなモノが居たとしたら、それはそれで出来ればご遠慮願いたいものだ。


もう一度、今度は溜め息だと馬鹿でも解るように息をついて、ベッドの脇の机に置き去った通信機に目をやった。


「無線なんか来ねぇよ」

「分かってるわよ」


目を反らしたのは私の敗けだったけど、先に口を開いたのは彼だから、取り敢えずは引き分けだ、とくだらない事をぼんやり考えた。
それでも、この状況…つまり組み敷かれたこの体勢は、明らかに私の不利だから、とにかく精神的に不利にならないように、と思考のスイッチを無理矢理入れた。


「通信切ったトコ狙ってくるなんて、あんたがそんなに油断ならない奴だとは思わなかったわ、神田君」

「………、」

「狙ってやってるんならとんでもなく卑怯ね。
あたしには選択の余地も無いってワケか」

彼…神田の目に、すっと迷いが横切るのが分かった。
こういう所を突けば彼がたじろぐのを知っていて、狙ってやってるんだから、私も極端に言ってしまえば卑怯だ。

でも、この場合私には引け目を感じる理由なんて何一つ無い。
捕まれた手首に、シーツに広がった自分の髪が絡んでくるのが気持悪いし、
そもそも彼が掴んだ右手首のすぐ下には任務で作った大きな痣があって、いつそこに力が加わるのかと心底心配だったし(それは跳び上がるほど痛いのだろう)
…勿論、彼がいつ『体勢から発展するであろう行動』を起こしてくるのかも、気が気じゃなかった。

そんな状況を無理矢理強いられて、卑怯も何もあったもんじゃない。

それ処か、いつだって馬鹿みたいに迷いのない神田の目が迷いに揺らぐのは、少し気分が良かった。


「こんなことされる心当たりは無いんだけど」

「俺には在る」


声のトーンを落として、それこそトドメとばかりに発した切札に反論されて、今度は私が少しばかりたじろいだ。


「何よ」



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