B O X - 1

□足跡
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「わー、積もりましたね!」
「あーあ、積もっちゃったよ」


同じものをみていながら、全く持って違った感想を述べた隣の人を互いに見る。

そうすれば自然と顔を見合わせる形になって、無防備な顔を付き合わせて二人は笑った。




[足跡、その先、いつかの未来。]




「何でですか?綺麗じゃないですか、雪」

「歩きにくいんだもん。寒いし爪先痛くなるしさ」

「雪が面倒になるのは年寄りな証拠だってラビが言ってました


「雪が積もって喜ぶのはお子様だけよ」

「………!!」

「あーあ!なーんで積もっちゃうかなぁ…」

はぁ、と大げさに溜息をつきながら、もう一度半ば少年へ念を押すように、そして嫌味っぽく呟いて、女は少年から正面へ向き直った。
少年は女の残した吐息の白に取り残されて、それからその間にもう歩き出していた女に少し慌てて着いていく。

いつだってそうで、少年はこれを悪い習慣だと考える。

少年には女の行動は予測できなくて、そしていつもそれは少年よりも早くて、だからいつも彼は女の後についていく形になってしまう。
3歩ほど先の彼女の行く先には、往来にも関わらず足跡のひとつも無く、それが彼らの『今』がどんなに早い時間なのかを理解させた。
日常この往来を行き来している人々は、未だ今を『今』と認識することも無い、深くて緩やかな眠りの底に居るのだろう。

肺も凍るような寒さに、それを少し羨ましいと思いながら、少年はあっという間に10歩ほどに広まった女との差を詰めようと足に力を入れた。
そうして前方を行く女の後姿を視界の中心に捉えれば、今し方覚悟したばかりの目的が、とたんに緩んでいくのを感じた。


まだ仄暗い、身を刺すような、それでも凛とした空気の中。
明けの緩い月明かりに、鈍く光る白い路。


どこまでも綺麗な白の中に、彼女は黒として其処に在った。


そのコントラストが、コントラストとして成り立たないほどの色彩に、少年は息を呑んだ。
グラデーションに成り得ないアンバランスさが嫌に現実感を帯びていて、それなのにそれは、否、だからこそぞくぞくする位のリアルな美しさを伴って、女は其処に在った。


遠ざかれば遠ざかるほどに美しさを増すその情景に、少年はある種の憧れを持ってただただそれを眺めていた。

消えて無くなりそうな儚さではなく、白の侵食を頑なに拒み、
自分の存在を主張するその存在感に溜息が零れるほどに胸を梳く。


振り向かない彼女は、まさにそれに等しかった。


それは憧れにも似ている。きっと自分なら、良くも悪くも前者だと思うから。
脆弱な儚さよりも、気高い凛々しさが欲しい。

さっきまで隣に居たはずの彼女がとてもとても遠くに感じた。





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