Novel-BL

□クライスレリアーナ<14>
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 大災害から6年の月日が経過し、人々の生活もかつての豊かさを少しづつ取り戻し始めていた。その中でアイテム・ウェポン・モンスターの三協会も、月日の流れと共にその役割が変化しつつある。

「あっ‥‥痛ぅっ」
 合成中にうっかり焼いた銃身に触れてしまい、シェリルは火傷を負ってしまった手を押さえた。
「おいおい、直ぐに冷やしてこい!」
 ダリオに怒鳴られるままに、冷たい水に指を浸して溜息を付く。指に水泡が出来てしまったが、この程度で済んで、まだ良かったのだろう。
「どうした?合成作業中にぼんやりするなんざ、お前らしくもない」
「‥‥‥ちょっとね」
 ダリオでなくても分かる位に今のシェリルは不機嫌な表情をしている。その上彼女は、心の中を覗かれるのを酷く嫌う。下手な質問をすれば、弾丸で回答されることも珍しいことではない為、理由を聞くことも出来ない。
 それでも昔のシェリルに比べれば、随分と丸くなった方である。昔は合成が成功したとき位にしか拝めなかった笑顔を今は頻繁に見ることが出来る。
「最近忙しくて、寝る間もなかったからなぁ。少し休憩にするか」
「すまないね、ダリオ」
 ダリオが自分を気遣ってくれていることは、シェリルにも分かる。素直に礼を言って協会の外に出ると、大ききく息を吸った。少し冷えた空気が心地良い。
「よおっシェリル!休憩かぁ?」
 背後から聞こえた声に、ドキリとする。両手一杯に荷物を抱えたルッツが立っていた。
「‥‥あ‥うん、そうだけど‥‥」
 笑うルッツの頬に大きな痣があった。数日前から出来ていたそれは、大分薄くなってきてはいるが、シェリルが何度キュアをかけても消えなかった。そして痣ができた理由を、ルッツは決してシェリルに話そうとはしない。
「いいよなーっ。こっちは休み無しだぜぇ〜。その上、こないだ無断で休んじまったせいで、一週間雑用と掃除係だしよ。ったく!早くオレも合成の続きやりてーよ」
 ぼやいているルッツは普段と変わらないはずだった。それなのに暗い影が差して見えてしまうのは、きっと自分が何も話してくれないルッツに猜疑心を抱いているからだとシェリルは思う。
 どうしても、脳裏から離れない言葉。
『アレクとケンカしちまってさ‥‥今‥‥酷い顔をしてるから』
 数日前、無断で仕事を休んだルッツを心配して駆けつけたシェリルは、部屋にさえ入れて貰えずに、その言葉と共に追い返されてしまった。そして次の日に会ったときには、彼の頬にあの痣があった。
 あんなにも仲の良かったアレクと、殴り合いのケンカをしたのだろうか?シェリルには信じられない。少なくともアレクがルッツを殴る事など、想像も付かないのだ。
 アレクが温厚な性格であることも理由だが、なにより彼がルッツのことを、とても大事にしていたのをを知っていたから。馬鹿で、お調子者で、自分の事には鈍感なルッツは全く気付いていない様だが、二人の関係をずっと羨ましげに見ていたシェリルには分かってしまった。
「シェリル?おーい、どうしたんだよー?」
 俯き考え込んでしまったシェリルの顔をルッツが覗き込む。深いダークグリーンの瞳に間近で見つめられて、我に返ったシェリルの顔は見る見る真っ赤に染まる。
「ん?顔赤いぞ。熱でもあんのか?」
「な‥なんでもないよっ!それより、サボってるとまた怒られるよっ?」
「あーっ!そうだった!!ヤベェッ!」
 慌てて踵を返し、ルッツはアイテム協会に駆け込んで行ったが、途端に中から何かをひっくり返した様な音と怒鳴り声が聞こえて来る。お約束通り、転ぶかして荷物をぶちまけてしまったのだろう。
 いつもなら呆れるか大笑いするところだが、今のシェリルには只々、ルッツの去っていったドアを見つめて溜息を付くことしか出来なかった。
(痣の事、いつかは‥‥話してくれるのかな‥‥)
 どんな事でも良い、自分に話して欲しい。
(きっとアレクになら、何だって話してるよね)
 シェリルには自信がない。ルッツがアレクに対するのと同じだけの信頼を、自分にも築いてくれるだろうかと。初めて出逢った頃よりも、随分と自分は変われたと思う。それなのに、どうしてもアレクと同じ位置に立てない自分が歯痒くて。
「こんなに近くに居るのに」
 ルッツが北スラートに来る事でどんなに自分が喜んだか、きっとルッツは気付いていないだろう。その気になれば毎日だって会える位傍にいるのに、心の距離は少しも縮まらない。
 ケンカをするのは嫌じゃない。最近は少し話も合うようになって、笑い合うことも良くある。でもまだ何か足りないのだ。それが何かはシェリル自身にも漠然としか分からない。分かるのは、自分もアレクの様になりたいという焦る様な気持ちだけだった。
「あたし‥‥どうすればもっと近づけるんだろ‥‥」
 呟きながら晴れた空を見上げる。自分が生まれ変われたのだと思うことが出来たあの時の空と、少しも変わらない青さが眩しくて、シェリルは目を細めた。
 あの頃とは確かに違うはずなのに、今でも孤独を感じる自分。
 火傷した指がジクジク痛む。でももっと痛むのは‥‥‥。
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