Novel-NL
□孤独の中の神の祝福 1
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店のショーウィンドゥには、今まで見たこともないような、可愛らしい洋服が飾られていて、あたしはなんだか羨ましい気持ちでそれを見つめて、溜息をついた。
値段が高くて手が出ないとかそんなんじゃなくって、もう今のあたしには着ることの出来ない服だと思ったから。
「あたしがこんなの着たら、みんなして笑うに決まってんだ」
頭の中で、ルッツのゲラゲラ笑う声が聞こえた気がして、あたしは思いっきり首を振った。
世の中でアイツほど嫌な奴はいない。なにさ!いつもいつも調子に乗って、目立ちたがり屋で、馬鹿のくせにエラそうに!!どうせあたしは色気もない男女だよっ。そんな事どうでもいいんだ。ギスレムで一人で生きていくためには女であることだって邪魔だったんだから。
でも……アイツに言われると何倍も腹が立つ!!
「シェリル、買い物はこれで全部?」
おっとりとマーシアが尋ねてくる。ルーサの法術学院の主席、凄く頭が良くて、それに物腰も柔らかくて美人だし……あたしなんかよりもずっと女らしくて……。
「シェリルったらっ!」
「え!?あ……ゴメン、ちょっと考え事してたから」
「まだルッツに言われたこと気にしているの?」
「……………」
図星。マーシアは何でもお見通しって顔してあたしを見てる。
悔しいったらありゃしない。あたしに最テーな事言ったアイツはもう言ったことも忘れて飛び跳ねてるってのに。あたしだけが何時までもその一言を気にして怒ってる。こんなのって無いんじゃない!?
ああ、なんだか凄く損してる気分。
「もういい、気にしてない」
あんな奴の事、いちいちかまってたら、自分が馬鹿みたいだよ。そう言うとまたもやマーシアにお見通しって顔された。放っといてよ、もう!
「ルッツはあれでも、貴方のこと誉めたつもりだと思うわよ?」
とんでもない!あり得ない!ルッツは何時だってあたしの嫌がること言ってくる。あたしの一番気にしてる事を……………。
『お前ぇみたいな男前に、今更色気なんか必要ねーじゃん?』
言われたとたんにぶっ飛ばしてやった。どうせあたしなんか…………。
久々にゆっくりと買い物出来たもんだから、帰る頃にはすっかり暗くなった。明日は仕事があるんだから、早く宿に戻んないとね。そう言えば、何年も女の子同士で買い物なんかしてなかったな……。
宿に戻ると、テオとヴェルハルトが二人で夕食をとってた。珍しい組合わせだね。
「アレクは?」
わざとらしいかもしれないけど、ルッツの事は訊かなかった。名前を呼んだだけで、またあの甲高い声で嫌味を言われそうな気がしたから。
ここまで嫌いになればもうゴキブリ並だよね。そう言えば、ちょこまか動き回るトコとか食い意地が張ってるトコとか似てるかも。
「先刻、ルッツさんが川に落ちたとかで、ずぶ濡れで帰って来たんですよ〜。」
「はぁ!?」
「風邪ひくといけないから、さっさと寝るそうです。アレクさんも今日は疲れたからって部屋に戻りましたよ。」
テオが馬鹿丁寧に教えてくれた。別にルッツのことは訊いてないんだけどさ。 だけど……。
「町の中をどう歩けば、川に落ちるっての!?寝ながら歩いてたんじゃないの?あの馬鹿ルッツ!」
まったくっ最低!明日はギルドの仕事で森まで出かけなきゃいけないってのに、何一人勝手な行動とってんのよ!びしょ濡れで風邪ひきそう?なに言ってんのっ昔っから馬鹿は……。
「昔から馬鹿な人って風邪をひかないんですもの。ルッツなら大丈夫よ」
私が口を出す前に、天使のような笑顔でおっとりとマーシアが答えた。
あはは…他人が言ってるの訊くと結構きつい言葉に聞こえるもんだね。でもマーシアの場合は本当にそう思いこんでるから、始末に負えないんだよ。
「はぁ〜」
私の横でテオが大きく深く溜息を付いた。
次の朝、珍しいじゃない、誰よりも朝寝坊のルッツがさっさと起きてきた。あたしの正面(よりによって!)の席に座って、スープを飲み始めた。
「ルッツさん、身体はもう良いんですか?」
「だぁ〜い丈夫だって!一晩寝たらスッキリしたぜ〜。」
心配げに訪ねるテオにゲラゲラ笑って答えるルッツを見てなんだか腹が立ってきた。人に心配させといて、この態度は無いんじゃない!?あたしは別に心配なんかしてないけどね……ああっもう!ムカつくったらありゃしない!!
手に持っていたフォークをテーブルに叩きつけてルッツを睨んだ。
無視しとけばいい、気にしちゃ駄目だ。分かってる。分かってるんだけど条件反射で言葉が出て来ちゃうんだよ。
「アンタねっもう一寸考えて行動したらどう!?今日は仕事で出かけなきゃいけないってのに、風邪ひいちゃってたらどうするつもりよ?」
「にゃに〜〜〜!?」
お決まりのルッツの言葉。もう駄目だ止まらない。
「バッカじゃないのっ!14にもなって、川に落ちたなんて!情けないったらありゃしない!!」
「うるへー!天才の俺だってたまにゃドジることもあるんだよっ!!」
「まあまあ、もう済んだことだし〜落ち着いて食事しましょうよぉ〜〜〜っ……っていうか、して下さい………」
テオが間に入ってケンカを止めるのもいつものこと。
マーシアはこんな時は食事を優先して、何事も無い様に静かに食べてる。
ヴェルハルトはどんなときだって我関せずって顔で知らんぷりだ。
「おはよう、みんな」
後ろからアレクに声をかけられて、あたしとルッツはケンカを止めた。こっちも珍しいね。いつもは誰よりも早く起きてるアレクが最後だなんて。
ああ、怒鳴ったらまたお腹空いてきたよ。食事に集中しよっと。
向かいの席でアレクとルッツが楽しそうに今日の仕事の話をしている。ホント仲良いよね、この二人。幼なじみってこんなものなのかな?
アレクは良くできた奴だと思うよ。やさしくて、思いやりがあるし…お人好しとも言うけどね。それに比べてルッツは………。
「ルッツ、具合が悪いのかい?なんか顔色も悪いし…」
急にアレクが言い出した言葉にあたしはドキリとした。
え?何‥‥‥?顔色が‥‥‥そうだね、少し悪いかな。そう言えば大食いのくせに、今朝はスープしか摂ってないんじゃない?今は水飲んでるだけだし。
「え!?やっぱり昨日ので風邪ひいちゃったんじゃ?」
「ぜ〜んぜん!オレ様は丈夫なのが取り柄だからな!」
心配するテオにまたもやケラケラ笑い飛ばすルッツに少し過ぎった不安はあっという間に吹っ飛んでまた腹が立ってきた。
「馬鹿ルッツ!丈夫なのがじゃなくて丈夫なのだけが取り柄なんじゃない!テオも心配すること無いよ。昔っから何とかは風邪ひかないっていうんだから!」
「にゃ…にゃに〜〜っ!!お前もテオの10分の1ぐらいでも、仲間を気遣ったらどうなんだよ!?」
「いくら仲間でも、アンタみたいな自分勝手な馬鹿を気遣ってたら、こっちの身が持たないね!」
「二人ともお願いですから、大人しく食事して下さいよぉ〜〜っ」
またもやケンカの再開。フン!全然元気じゃないの!
今日の仕事はモンスターに襲われてちょっと手間取ったけど何とか無事に終わらせることが出来た。
採取した綺麗な色の鉱石を前にルッツがはしゃいでる。小さな子供じゃあるまいし………。けど、あたしも最新の銃なんか前にしたら、似たようなモンかもしれないね。
依頼人と別れて帰る頃には、日が暮れかかっていて、急いでペイサスに戻ることにした。夜はモンスター達も活発になるし、何よりも戦闘で泥だらけになっちゃったから、早く帰って身体を洗いたかった。
予定外の戦闘を考えると、今回の報酬には割に合わない仕事になったよね。まあ、アレクはあまりお金には拘らないから、こんなのよくある事だし。
結局、珍しいアイテムを拝めたルッツだけが上機嫌だったわけか……。なんか疲れが倍になりそう……。
そんな事を考えて歩いてると、急にアレクの叫び声が響いた。
「ルッツ!!」
目の前でルッツがヴェルハルトに抱えられて、額にびっしょり汗をかいてる。
「‥‥‥酷い熱だな」
額に手を当てたヴェルハルトが顔を顰めて呟いた。
(何‥‥何なの?)
ルッツ、今さっきまで、全然元気だったじゃない。
何が起こってるの?
あたしは何も出来ずに呆然と立ち尽くした。