Novel-BL

□クライスレリアーナ<4>
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(ここは‥‥何処だ?)
 周りを見回してみると、どうやら自分はどこかの街の中に居るようだ。街の周りは高い城壁に囲まれ、まるで要塞の様ではないか。
(ああそうか、此処はロマリアだ)
 少しずつ、自分の置かれた状況を思い出す。
 最終決戦の地。ピュルカ族最後の生き残りエルク・コワラピュールは、争いの元凶であるロマリア王カイデルを止める為に仲間達とレジスタンスの連中と共に、この国に乗り込んだのだった。
(そうか、モンスターとの戦闘で、オレは皆とはぐれてしまったんだっけ)
 ロマリアの街は静まり返っているが、時々遠くで聞こえる銃声がまだ戦闘が終わっていないことを告げていた。
「チッ!早くアーク達と合流しねーと」
 こんな所でぼやぼやしてはいられない、早く自分が守るべき人の元へ帰らなくては。
 エルクは街を彷徨うが、広い街の中でなかなか仲間達の姿を見つけることが出来ない。レジスタンスの姿も見かけないということは、前線からかなり離れてしまったのだろか。 元居た場所に引き返そうかと思ったその時、女の悲鳴と銃声が聞こえ、エルクは声の聞こえた方へ走った。不安が胸を過ぎる。
(まさか‥‥リーザ達か!?)
 狭い通りの奥まった場所に建つ一軒の家の前で足を止め、ドア越しに中の様子を伺うと、男達の怒声が聞こえた。
『馬鹿野郎!民間人を何故撃った!!』
『こんな事がリーダー達に知れたら、大変な事になるぞ。オレ達の正義を誰も信用しなくなる。モンスターにやられたように見せかけるんだ、いいな!!』
『子供はどうする!?』
『仕方がない、始末して‥‥』
 エルクは最後の言葉が終わらぬ内にドアを蹴破って中に入った。目の前の床には血に染まった女が転がっていた。絶命している。女の子供だろうか、少年が一人呆然と母の亡骸を見つめ、周りを4人のレジスタンス達が囲む様にして立っていた。
「‥‥‥どういう事だ、お前ら!!」
「あ‥‥‥アンタは‥‥!」
 彼らはエルクの炎使いの実力を十分に判っている。4対1の数の差にも拘わらず、 怒りに燃えるエルクに恐れ戦き、竦み上がっていた。
「し‥‥仕方が無かったんだ!物陰に隠れていて、急にオレに掴みかかって来たからモンスターだと思って!!」
 仲間の一人が必死に弁明する中、エルクは部屋のカーテンを引き剥がし、血塗れの遺体に被せた。
「直ぐに此処を離れろ。子供を安全な所まで連れて行くんだ」
「しかしっ、この子を生かしておけば‥‥!!」
 瞬間、エルクはレジスタンスの一人を殴り飛ばし、男は哀れにも吹き飛び壁に激突した。
「これは事故だ。だがな、それを隠すために子供まで殺すというのなら、お前達を仲間とは認めねぇ!この場で燃やすぜ!」
 エルクの両手から赤い炎が燃え上がり、もはやレジスタンス達は何も言えなかった。しかし次の瞬間、エルクの左足に焼ける様な痛みが走った。自失状態だったはずの少年が 、憎しみに燃えた瞳でエルクを睨み付け、その小さな手に握られた小刀をエルクの太腿に突き立てている。
「ぐっ‥‥‥!」
「‥‥だ。お前達が殺したんだ!!」
 子供の両手はエルクの血で見る見る赤く染まる。震えていた。勇気を振り絞っての復讐だったのだろう。エルクは少年の手を振り払い、当て身を食らわせて気絶させると、足から小刀を引き抜いた。 吹き出る血を布できつく縛って止める。幸い子供の力ではそれ程深く刺せなかった様で、傷は浅かった。
「ごめんな」
 涙に濡れた顔で気を失った少年を抱き上げ、レジスタンス達に預ける。
「いいか、必ずこの子を安全な所まで連れて行くんだ。街はほぼレジスタンスが制圧を終えている。中心地を避ければ戦いも回避出来るだろう」
 もしこの子に危害を加えたら、必ず探し出して粛正すると男達を脅し去らせた後、エルクは家に火を放った。燃えさかる家をぼんやりと見つめていると、後ろから知った人間の声が聞こえた。
「エルク!良かった無事だったんだな」
 優しい声だった。自分が大好きな声。ほんの少し離れていただけなのに、もう何年も引き離されていた恋人と再会した様な感動と、切なさをエルクは感じていた。
「悪りぃ、アーク。ちょっと迷子になっちまって」
 勇者アーク・エダ・リコルヌは、炎に照らされたエルクの顔がまるで泣き出しそうに見えて、訝しむ。
「どうしたんだ、エルク、この家は‥‥‥?」
「住民がモンスターに殺られてたんだ。あまりに酷い状態だったから‥‥」
「そうか」
 アークは燃える家を見つめ、とても悲しい顔をした。本当のことを告げれば、更にどんなに傷つくことだろう。エルクはアークが傷つくことを酷く恐れていた。人間達の愚かな行いの為に、彼の綺麗な瞳が悲しみに曇ることなど許されない。
「エルク、そこに座って」
「え?」
 エルクが訳も分からず聞き返すと、優しくアークは微笑んだ。
「怪我をしてるだろう?ヒーリングをかけるから」
 大人しく座ったエルクの太腿にアークは手を翳す。掌から暖かい光が沸き上がり、怪我を見る見る癒していった。だが、エルクは怪我が癒えても、この痛みを忘れることは無いと思った。自分達の戦いに街の人々を巻き込んでしまった罪が、決して消えることが無い様に。あの母子だけではない、おそらく今この時にも大勢ののロマリア国民が犠牲になっているだろう事もエルクには判っていた。
 レジスタンスの人間全員が、良識有る人間だとは限らない。彼らの大半は屑鉄の街の出身で、虐げられていた人々だ。その彼らが戦いで血に酔い、暴徒と化す可能性は充分あるのだ。だがそんな事をアークに告げてどうなる?彼が傷つくだけではないか。アークはどこまでも人間を信じているのに。
「さあ、行こう。みんなが待ってる」
 エルクの傷が完全に塞がると、アークは立ち上がり、エルクに手を差し伸べる。
「ああ、そうだな」
 エルクはその手を取らず、自分で立ち上がった。今の自分がアークに触れると、彼を汚してしまいそうな気がしたからだ。だが、これでいい。アークには出来るだけ人間達のダークサイドなど見せたくはない。自分は幾ら汚れても構わない、彼の魂の輝きだけは絶対に守り通すつもりだった。
 エルクはアークと並んで仲間の元へと歩き出す。
「アーク」
「え‥‥何、エルク?」
「いや、何でもねぇよ」
「変な奴だなぁ」
 アークは笑う。こんな戦場に在っても彼の笑顔は純粋で美しかった。

 ───────そう、この笑顔を守る為に自分は戦う。
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