隣にいる者1

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「ん……ふぁーあ」

珍しく自然と目が覚める。
昨日の対局で女流本因坊の称号を奪取し、
三冠を達成したヒトミ。
だから今日はゆっくりと寝ているつもりだったが
時間を確認するとまだ6時半を過ぎたところ。
せっかく早く起きたのだから二度寝は止めるかと思い、
ベッドから出てる。その動作のおかげで見えた黒いもの

「……え?……髪の毛?」

触ってみるとやはり自分の頭から生えている。
長い髪だったのは15歳くらいまで。
それ以降はバッサリと肩に着かないくらいの短さに切ってしまったので、
この長さは3年ぶりだ

「何で?」

髪の毛がたった一日で20cm以上伸びることなんて
可笑しいと感じたヒトミは他に何か変なことはあるかと自分の部屋を見渡す。
部屋にある机やベッドの配置は同じだが、
机の本棚に並べてある本に違和感を感じ近寄って、その本を手に取る

「……算数?」

パラパラ教科書を開くと随分と懐かしい内容が書いてある。
その教科書を元に戻し、他に並べてある教科書を見ると、
どれも全て小学生で習う内容だった。
机の横には赤いランドセルが立てかけてあり、
タンスの中から洋服を出すと、
子供らしい服ばかりで、サイズも小さかった

「どういうこと?」

まるで部屋の中が、小学生の頃に戻ってしまったかのような状況に
ヒトミの頭はついてこれず、取り敢えず部屋を出て、階段を降りた。
下の階も特に変わったところはないが、
顔を洗うために言った洗面所である違和感を覚えた

「……髪が長いのはわかってたけど、何か違う?」

可笑しいことに鏡を見ているはずなのに、
どことなく違う自分が映っている。
そこでやっと気付く。自分が幼いと言うことに

「何……これ?」

理解できずにひたすら自分の顔を触るが、何も起こらない
身長も縮んでおり、声もなんとなく高い気がする

「どういうこと?」
「何自分の顔を見ながらぶつぶつ言っているのよ」

振り向くと母親がいたが、無視して横を通りすぎ、
テーブルに置いてある新聞を見るとそこには
1998年12月26日と記されていた。

「1998年って私まだ小学生じゃない」

1987年の2月生まれであるヒトミは
この時点では小学6年生だ。
それならば先ほど見た自分の容姿で可笑しくはないが、
昨日の時点では18歳だった記憶がある。
時間が戻るなどあり得ないことだが、
小さくなってしまった自分をこの目で見たのだから納得せざる負えない

(何で私は小学生になってしまったんだろう?これは夢?)

夢は痛みを感じないといわれているが、
手を抓ったらとても痛い。
何だか怖くなり、母親の制止の声を無視し、家を飛び出した。

「ここは、因島?」

家を出た瞬間目にしたのは自分が知っているのとは違った風景。
自分の家は変わらないものの、周りに見えるものが全く違った。
そして、自分が何故ここが因島だと言うことに
気付いたのかがわからず怖くなる。
因島には一回だけ来たことはあるが、
その時にここを見たという記憶はないのだ。
なのにどこか懐かしいような気がしたことに
怖くなり走りだして辺りを見回す。
わけもわからず走っていると
見覚えのある建物を見つけ、それに近寄った。

(ここって確か秀策記念館)

ヒカルの碁というヒトミが好きな漫画でこの場所が描かれていたので、
本因坊戦の前に士気を高めるためにここに来たことがあった

(やっぱり因島だ。今の私の家って因島にあるの?)

昨日までの家は東京にある。
生まれてからずっと東京に住んでいたので、
今の自分が因島にいる理由がわからない。
もしかしたら小学生の自分ではないのではないかという考えにもいきついたが、
そんな憶測をたてたところでなにもならない。
結局夢ではないと納得せざる負えないくらい意識ははっきりしている。
ならばまた自分が大好きな囲碁を打つまでだ。
せっかく小学生になったのだ。
碁を打てる時間が長くなったとプラスに考えるべきだ

「せっかく来たんだし、中にでも入ろうかな!」

前回来た時は時間があまりなく、ゆっくりと見れなかったので、
今回はゆっくりと見れると思うとわくわくしてくる。
のんびりと色々な場所を見たり、記念館の人の説明を聞いたりして、
最後に来たのは秀策の墓

「私が見たときとかわらないな……ん?」

よく見ると墓石の右上の部分が濡れている。
手を伸ばして触れながら、雨が降ってきたのかと思い空を見上げるが
綺麗な青空が広がっていた

「何で濡れているんだ?洗っていたのかな?」
『見えるのですか?』
「え?」

急に聞こえた声に驚き周りを見るが、誰も見当たらない。
幻聴にしてははっきりと聞こえた声に気味が悪く、鳥肌が立った。
無意識に両手で体を抱えながら、墓石を睨む

『私の声が聞こえるのですか?』
「あなた、誰?」
『なんということでしょう。こんなにも早く出会えるとは』
「どこかで聞いたことあるような声」
『あまねく神よ感謝します』

その言葉を最後にヒトミの意識は飛んでしまった


2014/5/5

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